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第288話

        ◆ ◇ ◆ 『いけねぇ、また意識を失ってた__ええと、さっきまでは確か……鵜月嘉晴とかいう男が梅后院の御屋敷で働くことになったんだっけか__くそ……っ……やりにくいったらありゃしねぇ……』 ふと、感じる違和感____ 。 《小見山世那》は意識を取り戻してから、割とすぐにその正体に気付く。 いくら自分の意思で動けないとはいえ、さっきまでは確かに【鵜月嘉晴】としてだけれども、二足歩行で普通に歩けていた筈だ。 だが、今は違う___。 両腕と両足は何か紐のようなもので縛られ、更に床に這いつくばるという屈辱的な姿勢になっていると、少ししてから気付く。 『な……っ……何だよ、これ___こいつは御屋敷で加賀丸とかいう奴と一緒に働いてる筈じゃなかったのか……』 あまりにも、予測不可能な状況に襲われたせいで《小見山世那》は、今まで以上にどうしたらよいのか訳が分からなくなってしまう。 『これじゃ、まるで監禁――いや、待てよ___』 自分の意思で、言葉を発したり勝手に行動することは不可能だが、流石に目線を動かすことは可能だ。そのため、いち早く今の状況を察知するべく周囲を見渡してみる。 すると《小見山世那》達が、生きる現代では見慣れない、ある物が目に飛び込んできた。 所々カビが生えて黒ずんでる石壁には、いわゆる拷問器具と呼ばれる悍ましい物が、ずらりと並んでいる。 『実際に目にした覚えはないのに、俺は壁に掛けられた物の存在を知っている………いったい、どうして……っ___』 かつ___っ___ 「ええい、貴様……っ……非国民のくせに梅后院家御当主に目も合わせぬとは、いったい何事か……っ……!!その腐りきった根性を叩き直してくれる」 ふと、誰かの足音が聞こえてきて恐る恐る目線をやる。だが、突如として目隠しされていた布を乱暴に外されるだけでなく、そのまま頭を強く踏まれてしまい必死で与えられ続ける理不尽な痛みを堪える。 その時、ようやく《小見山世那》は自らの意思で行動することは出来ないが、痛み――つまり五感を感じることは可能だと理解した。 そして、それを理解した途端に頭が冴え渡り、置かれている状況を不思議なほど自分なりに推察することができて何なく受け入れようと決意する。 ぐったりとする【鵜月嘉晴】の頭を容赦なく踏みつけ、口汚く罵倒する名も知らない軍人の男___。手には竹でこしらえたであろう鞭を持っており、一心不乱に彼の体へ打ちつけている。 すぐ近くには軍人の男とは別に、二人の人物がいることも分かった。 「盗人め………思えば出会った頃から貴様は怪しいと感じていた。はなから、誉れ高き梅后院家の名声を汚し、私の顔に泥を塗るつもりだったのであろう?」 ____これは、梅后院継臣の声。 初めて出会った時の温和な声色とは明らかに違っていて、腹の底から湧き出てくる悪意を隠す気など更々ないといわんばかりの不穏な声色だ。 「さて、菊丸___この盗人の罪を見逃すことなく結果的に梅后院の名を汚さずに済んだのは、君のおかげだ。有り難いことに、私の婚約者である薫子も、私が提案した件について認めてくれていて正式に君を父上の養子として迎えてもいいというんだ。一介の使用人としてではなく、この梅后院家の養子として何不自由なく暮らせる。むろん、受け入れてくれるね?」 『菊丸……って……まさか___』 《小見山世那》は【梅后院継臣】の発した、ある言葉を聞いて【鵜月嘉晴】が何故このような状況に陥ってしまったのか、何となく察して視線を隣に向けてみる。 「もちろんでございます。全てが終わり次第――継臣様のお父上である貞臣様の養子になるという提案を受け入れます」 かつて【加賀丸】と呼ばれていた坊主頭の見目麗しい少年が、規則正しい敬礼をしつつ、そこに立っていた。  かつて、村役場で恥ずかしげに笑みを浮かべていた時の姿とは真逆であり、冷たい石の床で這いつくばるこちらを見下ろしながら醜く口元を歪めつつ優越感に満ち溢れた姿を曝している。 『こいつ……っ………あの後、この男を裏切りやがったのか……下らない欲望のために……っ___』 むろん、「この卑怯者め」と【加賀菊丸】に心の底から湧き出てくる怒りを含んだ純粋な言葉を投げつけたかった。 だが、それは叶わない。 この物語の主役は、あくまでも【鵜月嘉晴】であり自分ではないからだ。 「継臣様___誠に厚かましいと理解しておりますが、この卑怯者の罪人の処罰に対して……提案があるのですが……聞いて頂いても?」 「言ってみなさい。実のところ、私自身もこのありふれた処罰に飽き飽きしていたのだ」 梅后院継臣は、列車で出会った時のように穏やかな笑みを浮かべながら悍ましいことこの上ない言葉を返す。 「まず、卑怯極まりない罪人の此奴が盗んだ物はこれっぽっちとは到底思えません。故に、どこかにまだ隠しているのではないかと__。例えば……この秘孔。事実、そういった事例が少なからず存在すると聞きました。とりあえずは、徹底的にここを調べてみる価値はあるのでは?」 視界がぼやける____。 唐突に尻の穴がゴツゴツした指で乱暴にねじられ、開かれ更に吐き気を催ず程の強烈で不快な異物感に襲われる___。 その直後、生暖かい何かが尻の穴からぽたぽたと流れ落ちてゆく___。 「この盗人の穴には何も存在しないであります」 ふと、先程【鵜月嘉晴】を竹槍を用いて打擲していた軍人の男が僅かばかり気まずそうな表情を浮かべながら報告する声が響き渡る。 「そうか。ならば、もう貴様に用は無い___この部屋を出た後で、私が命令したことをし終えたら、即座にこの持ち場から離れるように………」 「は……っ……!!畏まりました」 軍人は模範的な敬礼をした後に、一度部屋から出て行くのだった。

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