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「あ!拓矢だ!!」
「ほんとだ…何、お前が熱出すとかマジウケるんだけど。」
「三園くん、風邪もう大丈夫?元気になって良かったぁ。」
教室に入るなり、三園の周りにワラワラと人が集まる。
肩を抱かれたり、背中に飛びつかれたりしながら掛けられる言葉に、三園の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいた。
「わりぃな、心配かけて。もう平気だから。」
なんだ、この状況。
俺風邪ひいてたことになってんのか?
そう疑問に思いながらも、三園は友人たちの言葉に笑顔を向けた。
「良かった良かった」と純粋に喜んでくれる友人たちを抜け、いつもの席で三園に手招きをする男の元へと向かう。
「よー、天馬」
「ふぁ…久しぶり、タク」
三園が側まで来ると、八嶋天馬は大きな欠伸をしつつ挨拶をした。
「寝不足かよ」
「ん…本読んでたら止まらなくなって…」
そう言って机に突っ伏す八嶋は今にも寝てしまいそうだ。
そんな八嶋の隣の席に鞄を投げ、三園はドカッと座った。
「まぁ、お前いっつも眠そうだけどな。」
「春だから…」
「もう秋だよ」
「そうだっけ?」
苦笑しながら答えれば、八嶋がチラッと視線を向けてくる。
「体調、もう良いの…?」
「ん?あ、あぁ。もう平気平気。」
「ふーん…あ、ノート見る?大して記入してないけど。」
「サンキュ…って、マジで書いてねぇ…」
手渡されたノートを捲り三園は呆れた。
八嶋のノートは何かしらの単語と矢印がポツポツと書かれてはいるが、それが何を意味しているのかさっぱり分からなかった。
「お前のノート、難解すぎ。」
ケラケラと笑いながらノートを返せば「そうかな…」と首を傾げている。
基本眠そうでやる気の薄い男だが、八嶋の成績はかなり良い。
『授業聞いてたら解ける』と以前言っていたのを聞いたことがあるが、まぁつまり八嶋はそういう類の人間なのだろう。
「とりあえずノートは他のヤツに頼むわ。サンキューな。」
「ん…」
喜怒哀楽がハッキリしている三園と違い、八嶋はマイペースで捉えどころがない所がある。
周りのテンションに無理して合わせない、かと言って人と距離をとっているわけでもない、その独特の空気が心地よいと思う。
それにしても…
大きく息をつき、三園は鞄から講義に必要なノートや資料やらを取り出しながら周囲を見回した。
千田の姿がない。
今まで千田のことを気にしたことがなかったから、いつもどの辺りに座って講義を受けているかは知らないが。
グルリと周囲を見回すが、千田の姿は見当たらなかった。
「ねぇ…タク」
歯医者か?
昨日、歯抜けてたし。
『物足りないな』という無責任な言葉にカッとなって、その勢いのまま殴ったからな…
顔も腫れただろうし、そんな状態で顔出すわけないか。
「タク…?」
だいたい、ここにアイツがいたら何だというのか。
友人のように話しかけるのか?
それとも存在自体を無視するのか?
わからない。
友人になりたいわけじゃないと言われたし、そもそも何と話しかけるというのか。
「タク、無視?」
「うぇ?って、なに!?近いぞ天馬!!」
横から伸びてきた手が顎を掴み、無理矢理横を向かされた。
顎を掴んだまま八嶋が顔を覗き込んでくる、その近さに驚き三園は体を引いた。
「だって、話しかけてるのに返事ないし。あと、ここシワ寄ってる。」
八嶋が自分の眉間に指を当てる。
「え…」
どうやら、千田のことを考えて知らずと難しい顔になっていたらしい。
三園は自分の額を撫でながら大きく溜め息をついた。
「あぁ…ちょっと考え事してた。」
「悩み?」
「いや、大丈夫。それよりなに?」
まさか自分を監禁した男のことを考えてました…とも言えず、三園は曖昧に笑って話を逸らした。
「うん、あのさ…」
八嶋が言いかけたところで教室の扉が開き、講師が入ってきた。
ガヤガヤしていた教室が一気に静かになる。
「わり、後で聞く」
「千田も風邪?」
その一言に、三園の心臓が冷えた。
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