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第34話 告白編29

 混乱する頭で必死に理性を保とうとしているのに、今度は春樹が俺の耳元で囁いた。 「雪ちゃん、こっち向いて」  普段、聞いたことのない色っぽいその声に俺が素直に従ってしまうと、目の前には春樹の顔があった。  そして、そのまま春樹の唇が俺へと重なってきた。  呼吸を整える間ですら与えてくれないみんなからのキスの嵐に、泣きたくないのに俺の目が涙で潤んでくる。  すると、いきなり両腕を力強く掴まれたかと思うと身体の向きを変えさせられた。 「涼介……?」  その相手の顔を見つめ返すと、眉間に皺を寄せた涼介が俺を真っ直ぐに見ていた。  そのどこか苦しいような、それとも何か怒っているかのような表情は昔から、涼介が言いたいことを我慢している時の顔だ。  素直に言葉に出せばいいのに、一人で押し黙ってしまう。  せっかく笑うと可愛い顔してんのに……。  そう思って俺が声をかけようとした瞬間、それを遮るかのように涼介がキスで俺の口を塞ぐ。 「んっ、んぅ!」  それは言葉で言わない何かを必死に訴えているかのような激しいキスだった。 「あ……苦し……」  さすがに立て続けのキスに呼吸が苦しくなってきてそう訴えると、少し強引にオキに左の二の腕を掴まれた。  オキの弱めの握力ではたいした痛みはないけれど、次に何をされるのかがわからず無意識に身体が強張る。 「雪ちゃん、痛かったらごめんね」  いきなり、そう謝られた瞬間、オキが俺と涼介を引き剥がしそのまま俺の腕を強く引いた。 「うわっ!」  無防備な状態で引かれたために、俺の身体が勢いでベッドから離され近くの棚へとぶつかると、上に乗っていたテディベアがその衝撃で床へと転がり落ちた。 「大丈夫? 雪ちゃん」  自分でやっておきながら、心配そうに聞いてくるオキの真意がわからずに俺は拗ねたように答える。 「別にたいして痛みはないけど……一体、何なんだよ。俺にもちゃんと……」 「触っちゃダメ!」  足元に落ちたテディベアを拾い上げようとした瞬間、春樹の大声で止められた。 「え? 何で?」  理由がわからず俺が戸惑っていると、オキがタオルでテディベアを包むように拾い上げた。 「よし、ここからが本番かな」  何が本番なんだろう?  疑問符だらけの俺の様子を見かねた陽愛くんが教えてくれた。 「実はね、このクマにカメラが仕込んであったんだよ」 「えっ!」  初めて知らされる事実に、俺は驚いてオキの腕に抱かれているテディベアを見つめる。 「音声は拾わないタイプのカメラだから、こうして何かで覆っちゃえば何も問題はないんだけど。せっかくだったら、これを逆に利用してやろうと思ってね」 「どういうこと?」  俺からの問いに、オキは不敵な笑みを浮かべて答えた。 「これが床に落ちた時点でカメラを隠したからね、相手は落ちたせいで映像が途切れたと思ってるはず。だから、その間に俺がこのカラメにちょっとした細工をするの」 「よっ、機械オタク!」  冗談交じりに春樹がそう言うと、その言葉自体はたいして気にしていないのか、オキはいつものアイドルスマイルが嘘かのような不機嫌な顔でテディベアを見つめて言った。 「散々、雪ちゃんに恐い思いさせたんだから、今度こそ絶対に捕まえてやる……生粋のオタクの力をなめんなよ」  ……なんだか張り合う所が若干ずれているような気もするけど、オキなりに俺のことを心配して怒ってくれてるんだよな。  そんなことを思っていると、涼介に両肩を抑えられ心配そうに顔を覗き込まれた。 「機械に関してはオキに任せておけば大丈夫だよ。だから、後は雪乃くんが犯人と対峙して頑張ってね」  そうだった、俺には犯人から自白を引き出すという大事な仕事が残ってたんだ。 「俺達もそばにちゃんといる。雪乃くんに何も起こらないように、絶対に守るから」 「お、おう」  涼介のあまりに真剣な言葉に俺はちょっと圧倒されてしまった。  昔は俺の後ろに隠れていたばかりの泣き虫な涼介が、いつの間にかこんなに男らしく育っているとは。  兄のような、親のような気持ちで俺が浸っているとそれをぶち壊すような一言が告げられた。 「そうだ、雪乃くん。さっきのキスだけで満足できた?」 「は?」  意味がわからず俺が聞き返すと、涼介が真面目な顔をして言った。 「もう演技する必要はないけどさ、雪乃くんがキスだけで物足りなかったって言うなら、その先に進んでも……」 「なっ!」  あまりにも予想外の涼介の言葉に俺は言葉を失ってしまった。  なんだよ、それ! 人を欲求不満みたいに言うな! 「涼くんって、たまにものすごい天然ですよね」 「そこが可愛くもあるんだけどな~」  驚いて固まってしまった俺の横で、オキと陽愛くんがそう言って笑いを堪えている。  確かに、わざと言って狙うわけでもなく、本気なのかどうか判断しかねる発言をすることが涼介はたまにあるが、俺からしてみればそれを天然で片づけるわけにはいかない。 「雪ちゃんの抵抗が弱すぎたからね。もっと強引に迫れば良かったかも」  春樹に笑顔でそう言われ、俺は恥ずかしくなり一気に顔に熱が集まる。  抵抗が弱かったのは状況を理解出来なくて混乱してただけで、別にキス以上を期待してたわけじゃない!  それなのに、年下の涼介から俺の下半身事情まで心配されるなんて……。 「お前を……そんなエロい子に育てた覚えないからな!」 「えっ、ちょっと雪乃くん!」  驚いている涼介の腕を振り払い、俺はなんだかよくわからない捨て台詞をはきながら、その場を逃げ出してしまう。  そして、一人で一階へと降りてきた俺だったが、最終的にはみんなに捕まり、またもやリビングに敷いた布団で周りを囲まれながら寝ることになってしまった。 「ふふ、『そんなエロい子に育てた覚えない!』って、雪ちゃんが涼を育てたわけじゃないのにね」 「うるさい、むし返すな」  布団に入ってからも、さっきの俺の発言を思い出し笑いしている春樹に俺はふて腐れてそう答える。  確かに春樹の言う通りだが、小さい頃は毎日、俺が涼介の面倒をみていた様なものだ。 「あの頃の純粋な涼介を返せ」 「そんな理不尽な……」  俺からの八つ当たりのような要望に、涼介が困ったように呟く。  そんな俺達のやり取りを聞いていた陽愛くんが、宥めるように言った。 「とにかくさ、明日のことを考えて今日はもう寝ようよ」 「そうですよ、後は雪ちゃんにかかってますから。しっかり休んで準備してよね」  そうだ……内輪もめしている場合じゃない。  オキの立てた作戦で、絶対に犯人を捕まえて全てを終わらせるんだ。 「無事に解決したら、みんなで一緒にお祝いしよう」  そんな陽愛くんからの提案を楽しみにしながら、俺達はその日の作戦実行前夜を過ごしたのだった。

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