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第35話 告白編30

 明日から週末の休みを控えている放課後、俺は一人で世界史準備室である人を待っていた。  昼間のうちに相談したいことがあるからと呼び出しておいたのだ。  その相手を少し緊張しながら待っていると、ドアがノックされる。 「土方先生、いますか?」 「どうぞ、開いてます」    そう返事をすると、部屋のドアが開き用務員さんが入ってきた。 「失礼します」 「すみません、いきなり呼び出して」    謝りながらソファへ座るように促し、コーヒーの用意を始めた。 「いえ、土方先生が私に相談なんて、驚きましたけどね」 「こんなこと相談出来るの……用務員さんしか思いつかなくて」    言いながら目の前にカップに入れたコーヒーを置き、自分も向かい側へと座る。  相手がコーヒーを飲み、一息ついたのを確認してから俺は本題を切り出した。 「少し前に用務員さん、言いましたよね? 俺に『そっちの趣味があるんじゃないか』って……あれ、本当なんです。実は、今一緒に住んでいるのも男で……」    いきなりの俺からの告白に、用務員さんはたいして動揺した素振りも見せずにカップをテーブルへと置くと、静かに口を開く。 「……付き合っているんですか?」 「うーん、よくわかりません……好きとか嫌いって言うより、俺の性癖をわかってくれる理解者って感じですから」    相手からの質問に、俺は昨日、みんなから言われた通りに答えた。  以前、俺の部屋から持ち出した物をオキは授業の空き時間を使って色々と調べたらしく、さらにその結果を元にみんなも情報集めをしていたらしい。  結局、朝になってからある程度の仮説を俺はみんなから説明された。  色々と驚くことばかりで考えがまとまらないが、とりあえずは決定的な証拠を押さえるために作戦を決行することにしたのだ。 「この前生徒から貰ったプレゼントあるじゃないですか。昨日も、そのことで喧嘩しちゃって……」    言いながら、俺はさり気なく昨日オキに掴まれた二の腕を右手で庇いながらソファを立ち、用務員さんへと背を向けるように窓際へと移動する。 「俺、このままでいいのかなって不安なんです。他にもっと、ちゃんと俺のことを好きでいてくれる人がいるんじゃないか……って」 「そりゃもちろん、いますよ。土方先生のことを大事にしてくれる人は他にもいます」    そう言うと、用務員さんも立ち上がり俺の背後へと近づいてくるのがわかった。 「あんな暴力を振るうような相手とはすぐに別れた方が、土方先生のためにもいい。あいつらは本気で先生のことを好きなわけじゃない」    用務員さんの手が俺の肩へと回り、そう説得される。 「……やっぱり、そうなのか」 「そうです。このままじゃ、先生が不幸になるだけですよ」    その言葉に俺は俯いていた顔をあげて、用務員さんへと笑顔を見せて言った。 「ありがとうございます。俺、なんとか別れられる方法を考えてみます」    そう言うと用務員さんの表情もホッとしたものへと変わる。 「良かった……土方先生が悲しむのは私としても心苦しいですからね。ほら、コーヒーでも飲んで気分を変えましょう」    そして、俺は用務員さんへと促されるままソファへと座り直した。 「本当、用務員さんに相談出来て良かったです。こんなこと、他の先生達に相談するわけにもいかないし……」    口をつけたカップをテーブルに置きながら俺がそう告げると、用務員さんはいつもと変わらない笑顔で答える。 「こちらこそ、先生のお役に立てて良かったですよ。それに、そこまで私のことを信頼してくれていたのかってね」 「……信じていましたよ。用務員さんは俺のこと……わかってくれる、って……」 「……土方先生……?」  俺の僅かな異変に気づいたのか、用務員さんが心配そうに俺の顔を覗きこんでくる。 「あれ? すみません……何か急に……眠気が……」 「きっと、精神的に負担がかかっていたんですよ」 「……そう、なのかな……」    瞼が閉じそうになっている俺に、用務員さんは静かに声をかけてくる。 「ええ、私のことは気にせず休んでください。用が済んだら、私は帰りますから……」  その言葉を聞きながら……俺の瞼はゆっくりと閉じていった。 「……土方先生……?」 「…………」    返事をしない俺の身体がそっとソファへと倒され、用務員さんの手が俺の頬を撫でてくる。  そして、さっきまでの優しそうな声と喋りが豹変した。 「……あんた、無防備すぎるんだよ。だから簡単に男につけ込まれる……油断し過ぎた自分を後悔するんだな」    不快なその言葉とともに俺へと顔を近づけてくる気配を感じた次の瞬間……。 「後悔すんのは、お前の方だ!」    涼介のそんな怒鳴り声とともに準備室の扉が開けられて四人が中へと駆け込んできた。  そのまま、涼介は用務員(もう『さん』なんてつけてやる必要ないよな)の腕を掴み、乱暴に俺から引き離した。 「これ以上、汚い手で雪乃くんに触んじゃねぇよ」    それと同時に俺は春樹に身体を起こされ抱き締められた。 「雪ちゃん! 大丈夫?」    心配そうに顔を覗きこまれて春樹にそう聞かれ、荒っぽい涼介の様子に唖然としていた俺は我に返る。 「だ、大丈夫だけど……遅いよ!」    俺からの文句にオキが申し訳無さそうに答えた。 「すみません、決定的な証拠を押さえたかったんで……まあ、涼くんも限界だったみたいですしね」    そう言いながら、恐い表情で用務員の腕を押さえ込んでいる涼介へと視線を移して、オキは苦笑した。  あ……この涼介、演技でもなく本気で怒ってるんだ。 「それにしても……マジで気持ち悪かったんだからな」    みんなの姿に少しホッとしていると、急にさっきまでの撫でられた感覚が蘇ってきて鳥肌が立ってきた。  頬を撫でる手だったり、近くで喋る声だったり……思い出すだけで気持ち悪い。 「ごめんね、雪ちゃん」    謝りながら春樹の俺を抱き締める腕に力が入る。  そして、そばにいてくれた陽愛くんは用務員に撫でられた俺の頬へと、そっと手を伸ばしてきた。 「よく頑張ったな、雪くん」 「……陽愛くん」    癒し効果のある陽愛くんの笑顔と優しく撫でるその手に、俺はだんだんと安心出来た。

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