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第34話
けれど走り去る間際、1番気の強かった女の子がボクにだけ聞こえるように何事かを囁いていった。
その言葉がやけに耳に残る。
『どういう経緯で白鷲に取り入ったか知らないけど、煌騎さまには既に決められた方がいるのをご存じ? せいぜい遊ばれて捨てられるといいわ!』
そう、彼女はボクに言った……。
聞きようによってはただの悔し紛れだったのかもしれない。でもボクはそれを上手く聞き流せなかった。
いつか時が経てばボクは煌騎に捨てられる。そんな言い知れない不安が胸を締め付けた。
「……チィごめんね、離れてて。怖かったでしょ?」
黙ったままうつむいていると、虎子ちゃんがぎゅっと抱き締めてくれた。突然の抱擁に少し驚いたけど、その暖かな温もりにホッと安堵の息を吐く。
両側を見れば事の結末を見届けた流星くんたちが、急いで駆けつけてくれて心配そうにボクの顔を覗き込んでいた。
それで今更ながらに自分の身体が小刻みに震えているのだと気づく。何だかそれが急におかしくなってクスクスと笑いが漏れた。
どうやらボクは人が死ぬほど怖いみたいだ。
それは今まで負の感情しか向けられた事がなかったからだと思う。長い間ボクは狭い空間に閉じ込められ、男の人たちから暴力を受けてきた。
でもほんのちょっと勇気を出せば、世界は大きく変わる。広い世界はボクを傷つけもするだろう。
だけどこうして助けてくれる大切な存在もちゃんと授けてくれる。素晴らしい世界だと思った。
「……どしたチィ、大丈夫か?」
虎汰は震えているのにクスクスと笑うボクに首を傾げ、心配そうに頭を撫でてくれる。
反対側にいる流星くんはどうしたらいいのか分からない様子で、まるで子どもの頃に一度だけ見た事のある動物園のライオンのように右往左往していた。
「やっぱ俺たちが傍に付いてれば良かった、クソッ!」
流星くんが後悔しきりにそう呟くと、ボクを抱き締めていた虎子ちゃんが「冗談言わないでよ!」と慌てて顔を上げた。
それから口を手で押さえて辺りをキョロキョロ見回し、とりあえず人目があるからとボクたちは店を出る。
「……まったく、バカ言わないでよ! せっかくチィとショッピング楽しんでたのに邪魔する気っ!?」
路上に出るなり振り返り、虎子ちゃんは二人に怒りを露にした。
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