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第14話
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「ママ、ママー」
「菫さん、僕のことはお母さんって呼ばないとだめじゃないか」
三つになる菫は、たどたどしいながら言葉を話すようになった。
一宮にそっくりの美しい女の子だ。孫にデレデレの両親は、急いで良縁を探し出す始末。
蓮華がαの美しい女児を産んでいたが、従妹同士は少し血が近すぎるから悩んでいる。
「橘さん、和宮のおむつはどうでしょうか」
すみれを抱いて庭をうろうろしていた一宮が私の名を呼んだ。
私は隣で眠る和宮の尻を触り、たぷたぷと動くのを確認すると『代えた方がいいようだ』と告げた。
「菫さん、お父さんと交代しましょう。橘さんにおむつ替えなんてさせられません」
「いや、いい。する。二人は花の水やりを続けなさい」
一宮は、和宮を出産した後も私の隣にいることを選んでくれた。
隣に眠ることを許してくれて、私がやり直したいといった言葉を受け入れてくれたらしい。
「ママ―、ママー」
「お母さんだってば」
「ママーすき。まま、すきだよ」
ぺちぺちと頬を叩きながらそう告げた菫に、一宮は涙をこぼし泣いた。
「好きです。僕も菫が好きですよ」
ようやく受け入れてもらえた愛に、一宮は泣いていた。
私ではだめだ。おなかを痛めた菫じゃないと彼の傷は癒せなかった。
「……私も愛している」
悔しくてそう告げたら、一宮はにっこりと笑う。
「はい。私もです。橘さん」
気持ちを返してくれてると、そう素直に思えないのは、ふと思い出すからだ。
また布団の中、子どもを守るために必死で私を好きだと暗示をかけているのではないかと、そんな予感が頭から離れないからだ。
「愛してる」
からからに乾いた言葉は、満たされない。
愛してるといいながら、満たされない思いに日毎思いを募らせていく。
あの日、君を追い詰めた罪なのだろう。
Fin
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