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喫茶店のオーナーと甘党の彼_1

【菓子パンと後輩の彼】  江藤(えとう)が祖父から譲り受けた喫茶店の開店時刻は朝の10時から。だがそれよりも前、7時30分頃にやってくる一人の客の姿があった。  以前務めていた会社の後輩で大池(おおいけ)という男だ。180センチを超える江藤よりも少しだけ背が高く整った顔をしており、眼鏡をかけている。  だが残念なことにあまり表情が変わらない為、冷たい印象を与える。  朝食を済ませ、珈琲を飲みながらスマートフォンでニュースを読む。それは毎朝の日課なのだが、いつも眉間にしわが寄っている。その理由を知っている江藤は笑みを浮かべて焼きたてのパンを差し出した。  メイプルシュガーブレット。  今日のセットメニューで出すつもりでいる品で、スマートフォンの画面を見つめていた目が匂いにつられてそちらへと移る。 「これは?」 「メイプルシュガーブレットだよ」  バターを生地に埋め込んだ後にメイプルシュガーとグラニュー糖を合わせたものをふりかけて焼いたものだ。  焼きたてのメイプルシュガーブレットからは甘い香りがして、それを口にした大池の表情が一気に崩れた。 「先輩、これ、すごく美味しいです!!」  普段は表情の乏しい大池が見せる素直で可愛い表情。それをみた江藤は満足げに微笑む。 「だろ?」  大池はものすごく甘党だ。本当は珈琲に砂糖とミルクを入れて飲みたいのだが、朝が弱い彼は、頭をスッキリ目覚めさせるために敢えてブラックで飲んでいるというわけだ。  あっという間にパンは無くなり苦い珈琲だけが残る。江藤はそれを取り上げ、 「ほら、砂糖入りのカフェ・オレ。もう目は覚めただろ?」  と入れたてのカフェ・オレを目の前に置いた。 「はい」  ブラックの珈琲とカフェ・オレを出した時との反応はえらく違う。良い返事をする大池に江藤は笑いかけた。 「頂きます」  彼の好みの甘さは熟知している。一口飲んでホっとため息をつくと柔らかい表情を浮かべた。

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