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「隼也 くんは柚陽 のことを悪く言うけど、オレとしてはキミより柚陽の方がよっぽど紗夏 くんを想っていると思うよ」
「はぁ!? じゃあ先輩は海里 を傷つけた人間が海里のことを想っている、なんて言えんのかよ?」
「……そうだね」
小さく呟き、目線を伏せて波流希 が呟く。
そんな波流希の顔を見ていられなくて、陸斗 は思わず顔を伏せた。「気にしなくていいよ」なんて声が掛けられたけど、それで気にせずにいられる問題じゃない。
……でも、今の論点はそこじゃないっすね。事態をややこしくするワケにはいかない。謝罪も罪悪感も飲み込んで、陸斗は2人の様子をそっと見守った。
とはいえ、波流希には罪悪感、隼也には生理的な嫌悪と恐怖で、あまりきちんと見ることはできないけど。
「基本的には許せない。だけど時と場合によるかな。陸斗くんの件がそうだよ。海里は陸斗くんが大切で、陸斗くんのことが大好きで、陸斗くんの幸せこそ自分の幸せだと思ってる。そんな2人をオレは無理に引き離そうとしない。それで、紗夏と柚陽の場合だけど」
波流希が1度言葉を切って、陸斗の方を見つめた。まるでこちらの様子を窺い、案じるような目に思わずきょとんとして、思い至る。
……オレが覚えていない記憶。そこに関わるかもしれないんすね。
失っている記憶になにが含まれているのか、記憶を失う切っ掛けはなんだったのか。正直に言えば怖い。だけどそうも言っていられないっすね。
陸斗は小さく息を吐いてから、はっきりと頷いた。
「柚陽は、紗夏のためなら自分の全てを捨てる覚悟だったでしょ? それを目の当たりにしたキミなら、よく分かると思うけど?」
「あんなの、愛でもなんでもねぇだろ」
「うん、オレも柚陽の愛の形はよく分からない。だけど愛した人にしか痛みを与えない、与えたくもない、そう言っていた柚陽が何をしたか、キミはよく分かっていると思うけど?」
「ッ、」
隼也が息を呑む音が、やけに大きく響いた。
無意識にか、隼也の左手が自分の右腕をそっと抑える。
その仕草を見て、陸斗は、ひどく鈍く重い頭痛に襲われた。
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