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01
目が覚めたら、どこに行こうかと思っていた。長い長い夢の中で、声だけがずっと聞こえていた。伸ばそうにも体が動かなくて、声も出なくて、
自分が生きているのかも、分からないまま。
スターチスの戯言
「はいじゃあ、その時間に向かいます。はい。はい。わかりました。えぇ、じゃあ、また」
耳にあてていた携帯電話をスーツの内ポケットにしまって、ため息を吐いた。ここ最近は体調もあまりよくなくて、夢見も悪い。朝、目が覚めてしまえば忘れているけどそれでも胸にしこりが残っている。
「さて、と」
ぼんやりと夕焼けを見つめて居ると、その燃えるような色に目を奪われる。地面から生えるビルの陰に夕日が隠れてから、ハッとしたように歩き出した。
「……」
一人暮らしを始めてから、8年になる。高校を卒業し、立派な社会人になるために家を出て、
アパートに部屋を借りた。早く自立したくて大学にもいかずに働いた。
立派な大人になって、両親に楽をさせたかった。そればかりだった。彼女も出来たりしたけれど、仕事を理由にふられ、今では女っ気はまるでない。
そして、両親ももういない。
一年前に交通事故でこの世を去ってから、俺は全くやる気が出なくて、一時期は一位だった成績も今は下から数えた方が早い。
「……帰るか」
出先から直帰すると、会社を出る前に上司に告げているし、別に不都合はないだろう。
今の会社は、あと一ヶ月で退職する手筈になっている。亡くなった両親の住んで居た実家に戻るからだ。会社を辞め、新たに就職しよう。気持ちの切り替えは大事だと、病院の先生の勧めもありそうすることにした。
正直、両親の思い出しかないあの家に住むのは気が重い。けれど、そんなことも言ってられなかった。
女々しい考えかもしれないけれど、まだ現実をきちんと受け止められて居ない。
両親の死、それに、今の自分の身の振り方。今後の生き方。自分が本当にしたいことも、わからない。テクテク歩きながら、ぼんやりと考えていた。
自分が死んだら、悲しむ人はいるのか、喜ぶ人はいるのか、それとも無関心なのか。
「こんにちは」
「…は?」
急に聞こえた声に、一気に現実に引き戻された。いつの間にか俯いていた顔をあげて、目の前に急に現れた人物をみる。
暗めの赤い髪だ。肩にはつかない程度に乱雑に切られている。背丈はおそらく相手の方が幾分か高いのだろう。じっと見つめてくる瞳は、金色に光っていた。
「こんにちは。人の子。俺は音無と言います」
「…はぁ、どうも…」
「貴方のお名前は?」
「は?……あぁ、小鳥遊、美景です」
「美景さん。綺麗なお名前ですね」
にこりと笑うその青年は、俺の目には異様に見えた。得体の知れない、何か、と言った方がいいのだろうか。彼の左耳についていた長いピアスが夕日の光にキラリと反射して、揺れる。
「少しだけ、死にたいと思いました?」
「は?いや、…と言うか、なんでそんな事…」
「ふふ、何となく、わかるんですよ。貴方の悲鳴、と言いますか……雰囲気で」
口に手を当てながら笑う彼にゾッとした。正直、早く離れた方がいいだろう。
「……宗教勧誘なら、他でしてくれ」
「あはは!まさか!宗教には興味はありませんよ。俺が興味あるのは、貴方です」
「意味がわからないんだが」
「……貴方はこれから先に絶望を抱いていて、自殺しますよ。このままだと」
「はぁ?そんなわけないだろう」
「本当に?」
真っ直ぐに金色の目が見つめ返してくる。何もかもが異様な空間だった。いつの間にか人がいない道に、目の前の彼はとても綺麗な笑みを携えている。
「ねぇ、美景さん。貴方は本当に、生きていたいの?」
悪魔かと思った。ニコリと微笑み、絶望的な言葉を投げてくる。生きていたいのか、なんて。
「好んで死ぬような奴は居ないだろう」
「いいえ。今の世に絶望を抱く人の子はとても多いですよ?貴方のように家族が突然消えて、これから先、何をしたいのか何をすればいいのかわからない。そう言った考えを抱いて世に希望を見出せずに死を選ぶ。とても大勢の人の子が」
貴方はどうですか?そう続く言葉に、俺は返す言葉もなく拳を握った。なにより、なぜ家族が居なくなったのを知っているのか、俺が死ぬ事を期待するような、そんな口調なのか。
「…………お前」
「音無です。美景さん」
「っ、はぁ?」
「おとなし、と呼んで下さい」
「意味がわからん!なに、急に気味の悪い事を言ったかと思えば…っ」
「質問を変えましょう」
とん、と俺の唇を人差し指で抑えながらふっと真顔になった彼は、
「貴方は今、生きて居ますか?」
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