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目が覚めたら、相変わらず目の前に音無が居た。いつもと違うのは、寝ている事と、上半身に服を着ていない事だろう。
昨夜、ずっと浮き上がっていた鱗も今は無く、いつもの音無だ。
一つ、知らなかったのは音無の背中の大きな傷だろう。
昔、人の手で羽根をもがれた痕だと言っていたが、背中に広がるばつ印の傷は、痛々しくて見るのも少し、抵抗が芽生える。
「綺麗な顔」
髪も赤色に戻っているし、もう本当に見慣れた音無だ。
「…………音無」
「おはよう、ございます。美景さん…」
ふにゃりと笑った音無は体を起こすと、布団に横になったままの俺の額に一度キスをしてから背伸びをした。
背中の傷が見えて、少し眉を寄せながらその背中に手を伸ばす。
「まだ、気になりますか?俺の傷」
「許せないなと思って」
「?」
「音無の翼をもいだ人間が、許せない」
翼は、一度もがれたらもう生えてこないと昨日音無から聞いた。
それはきっと、音無にとっては辛い筈で。
「……なくなったものは、戻らないので、もういいんです。それに、翼があったら、俺は貴方に出会えなかったでしょうから」
「そんなに好きか?俺の事」
「えぇ、勿論。愛してますから」
振り向き、音無が綺麗に笑う。
最初に出会った頃のような貼り付けた笑顔じゃ無く、本当に心からの。
「ーーーー……なぁ、音無」
「はい」
「身体、重いんだけど」
「はは、無理させてしまいましたね」
そうやって、心底嬉しそうに微笑まれてしまうと、それ以上何も言えない。
俺は短く息を吐いてから、じっと音無を見上げた。
「?」
「音無、印、については色々考えた」
横になったままで、音無の頬に手を伸ばす。俺のその手をとった音無は擦り寄るように頬を寄せて目を細めた。
「続きを、美景さん」
「………正直、…に言えば「人を捨てる」のは、怖い。だけど、音無が居なくなる方が俺には嫌だな、と」
音無を好きだと思うのは、間違い無くて、ただ、そこに人を捨てるのか、音無を失うのかを秤にかけてしまえば、答えは一目瞭然だ。
「はい」
「前に、墓参りした時にも言ったが、……音無を、俺にくれるか?」
手のひらに頬を擦りよせた音無は、その手を引っ張りながら俺の体を引き寄せた。
「わ」
「……全部、差し上げます。貴方になら命ごと」
「で、結婚するのか?」
笑いながらそう言うと、音無が俺を抱き上げながら膝の上に乗せ直した。相変わらず馬鹿力だなと感心したまま、背中に感じる暖かさにホッとする。
後ろから抱きしめたまま、音無の唇がうなじに触れた。
「します。しましょう、美景さん。貴方を、下さい」
うなじに触れる唇がわずかに熱を帯びる。次第にぞわりと浮ついた感覚がそこに集中して、腹に回っていた音無の腕を掴んだ。
「……っ、ん」
「これから、ずっと一緒です。美景さん」
「ん、刻んだのか?印って、やつ」
「はい」
「そう、か、はは、なんか………安心した」
ぽすん、と音無に背を預け、掴んでいた腕を離してから、息を吐いた。
「安心…ですか?」
「あぁ。だって、俺を置いて逝かないんだろう?音無は」
「ーーーーー勿論。死ぬときは、一緒ですから。貴方を置いて逝くことも、貴方が俺を置いて逝くことも、ゆるしません」
「安心、したんだ。ひとりじゃないって、思えて」
ずっと、ひとりだった。
両親が死んでから一年しか経っていなかったけれど、それが長くて、長くて、このままずっと生きていくのかと、漠然とした不安もあったはずで。
ただ、それを認めるだけの時間も精神的な余裕も俺には無かった。
だから、
「良かったと、思える。今は、な」
ぎゅっと腹の前で組まれた音無の手を握り、目を伏せた。
「………死ぬ前に、俺と楽しい事、たくさんしましょうね、美景さん」
スターチスの戯言 ー了ー
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