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もう一つのリクライニング
悠太の手は、的確に竜崎の感じる場所を捉えていた。
先ほどのキスだけでも十分だったのだ。シャツのボタンをはずされ、下着がめくりあげられた。素肌が空気にさらされる。
こんな話をしているというのに、竜崎は悠太が手を胸に這わせ、乳首を指先でつまみあげただけで、勃起していた。
「好きだ」と悠太は言った。真剣な目だった。
何度も口付けられ、竜崎はまた思考を手放した。
いつも同じだ。悠太は快感を与え、忘れさせる。
穏やかな手つきは自分を驚かせたり怯えさせることは一度もなかった。自然な動作で、熱の中に引き込んでいった。
ベルトに手がかかり、器用に抜かれた。前をくつろげると、現れた立ち上がった性器をためらいもなく口に含んできた。口の中は熱い。竜崎は、悠太の髪をつかみ、さらに引き寄せた。
舌が絡まりながら、先端を、くびれを舐めていく。声が漏れると、強くされた。逐情に時間はかからなかった。悠太は、竜崎の精を丁寧に舐めて呑み込んだ。
それから、うつぶせにし、秘所に舌を伸ばした。
「くっ」と言葉が出る。ヌルヌルとした生き物が後孔からを出入りし始めた。
「力、抜いて」と悠太は言った。舌が中に押し入っては去っていく。指も使われて、竜崎は暴かれていった。悠太はどこが感じるのかをよく知っていて、それを指先でなでた。
再び性器が立ち上がっていた。
「入れるから」と悠太は言った。再度「力抜いてて」と言った。
質量のあるそれは、ギリギリと中に押し入ってきた。狭い所をわけいってくるのに、不思議と痛みも不安もなかった。
そういえば、最初から、そうだった。
悠太と出会う前、出会い系サイトで会った男とバーで待ち合わせをしているとき、いつも緊張していた。
知らない行きずりの男と二人きりで性行為をするのは、慣れそうになかった。
相手の男も竜崎に対し警戒していた。身体を合わせ精を吐き出しあい、終わるとほっとして別れていた。複数回会った男はいなかった。
悠太は、バーで話しかけてきたときから、自然体だった。古くからの知り合いのようになじんだ態度で接してきた。
悠太と会ってから、他の男と会う必要はなくなった。
竜崎はしょっちゅう多忙を言い訳に約束を違えていたが、彼から会う日をずらしてほしいと言ってきたことはなかった。
約束の時間に彼が待っていなかったこともなかった。
いつも、必ず笑顔で自分を待っていた。
東城を想う自分に気づいてから、竜崎の日常はグラグラとバランスを欠いてしまっていた。
独りで家にいることに耐えられず、慰めにもならないとわかっていたが、東城に少しでも似ている人間を探しては身体を合わせていた。
世界はゆがんだまま、毎日が過ぎていた。
そして、不安定な揺れをおさめるために、寄りかかれるものを探していたのだ。
悠太が、竜崎を背中から抱きしめてきている。
彼の体温を初めて感じた気がした。
行為の後、竜崎は身体を起こした。
「雅史」と呼ばれた。「帰るのか?」
「ああ」いつもと同じように竜崎は答えた。
ふいに、後ろから抱きすくめられた。
驚いて、手を止めた。
「帰るなよ」と悠太は言った。「朝まで、一緒にいよう」
真剣な声だった。彼の顔に笑顔はなかった。
竜崎は身体を固くした。
腕が巻き付いている。
腕だからただ身体に巻いているだけなのに、まるでツタが絡まるようだ。全身に絡みついてほどけなくなりそうだ。
「帰したくない」
「なにを、」莫迦なことを、という言葉を続けるのはやめた。代わりに別な言葉を探している間に悠太が言った。
「こんなこと言わないっていうルールなのか。だけど、雅史、だけど、朝まで一緒でも別になにが起こる訳じゃないんだ。ただ、今この時間がほんの少し延長するだけだろ」
一緒に寝て、朝が来たって、劇的なことは何一つおきない。
悠太はそう言いながら、苦しそうな表情だった。
「何も変わらない。そうだろう。僕は、雅史が好きなあの男とは程遠い。それはわかってる。あの男の代わりになろうなんて思ってない。代わりになんてなれない。だから、それなら、一緒にいたっていいじゃないか」
彼の声は、必死で、今にも泣き出しそうだった。
竜崎は、丁寧に、絡まる蔦をほどき、抜け出した。
悠太の腕は、そのまま固まっていて、再度竜崎にからみついては来なかった。
竜崎は、スーツのポケットに手をやり財布を取り出した。
中からホテル代をだしテーブルに置いた。こうやってホテル代を払うのもいつもと同じだ。
悠太の表情はこわばっている。
さきほどまで自分を抱いていた手は、ひざのうえに落ちた。
「このまま朝まで一緒にいて、僕と悠太の関係が、一切、変わらないってことは、ない」と竜崎は告げた。「朝までいたら、変わる」なにもかもが変わる。「だから、今日は、帰る」
悠太は視線をあげて竜崎を見ている。
「明日は早朝から会議なんだ。ここにいたら起きられなさそうだ」
竜崎は、自分のスマートフォンをテーブルからとりあげ、カレンダーのアプリを開いた。
そして、カレンダーを見ながら悠太に言った。
「今度はバーじゃなくて、美術館で待ち合わせしないか。いいのが来ているんだ。もし、それでよければ、空いている日を、教えてくれ」
悠太の顔は見なかった。彼がなんというか、ただ、返事を待った。
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