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もう一つのリクライニング
しばらく沈黙が流れた後、悠太は言った。
「この前、洋食屋で会った東城は、僕が想像してたより、ずっといい男だった。背が高くて、見栄えがよくて、気さくで、堂々としてた。雅史が好きになるの、わかるよ」
竜崎は返事をしなかった。
「彼、結婚してないんだよな。彼女もいないって言ってた。雅史のことすごく好きそうに見えたけど、やっぱり、勇気がなくて告白できないのか?」と悠太は質問してきた。
だが、竜崎からの答えを待ちはしなかった。「言ってみてもいいんじゃないか?同僚だから気まずい?でも、出会い系サイトで似た奴漁っているより、告白してしまった方が、」
「君には、関係ないことだ」と竜崎は答えた。
「それはもちろん、そうだけど」と悠太は言った。
「東城には、もう、大事な相手がいる」
「でも、彼女はいないって言ってただろ。え?ああ、男なのか?」と悠太は頭の中に浮かんだ言葉を全て口に出しているようだ。「そうか。そう言われると、あの時の話ぶり、そんな感じだったな。だったら、なおさらどうして告白しないんだ?雅史が好きだって言ったら、東城は嬉しいかもしれないのに」
「そんなことは、ない」と竜崎は言った。
頭の中で想像だけして自分を慰めていたシーンを、どうしてこうも簡単に口に出すのだろうか。
悠太から目をそらし、俯いて、グラスの中で泡を消していくビールを覗いた。気が抜けて自分の手の中でぬるくなっていくのだ。
「なんで、わかるんだよ。告白してもいないのに」
「わかる」こう口に出すことで、自分で自分の心の中のわずかな期待をつぶしていくのだ。「好きだというのは簡単だ。だけど、それは、自分の気持ちを押し付けるだけだ。東城は、僕のことを信頼しているんだ。彼に告げたら、彼は困るだろう。僕を傷つけまいとする」
どうしてこんなことを悠太に説明しているのだろうか。だが、一度口から出始めたらとまらなくなった。
誰にも明かしたことのない気持ち。
悠太から出てくる言葉の内容が、実は、竜崎の心の奥底にあるものだからか。
好きだと告げたら楽になる。もしかしたら、広瀬を捨てて自分にくるかもしれない。ありえないとわかっていながら、想像だけしてみるくらいは許される。
悠太は、もう一人の自分が心の底から出てきて、話しかけてくるようだった。
「東城が悩もうが困ろうが、そんなこといいじゃないか。だって、好きなんだろう」
竜崎は答えた。「それは、誠実じゃない。彼には、大事な相手がいて、その人間を深く愛していて、幸福だ。それを知っているのに、自分のエゴで、彼の幸福に影を落とすなんて。その影が僅かだとしても、それは、誠実じゃない。そんなことは、できない」
自分は、誠実であるからこそ、東城といられるのだ。誠実さを失うことは彼ばかりか自分も裏切ることになる。そうしたら、彼とは一緒にいられない。
額に触れられ、驚いて顔をあげた。いつの間にか悠太が近くに立っていたのだ。
悠太は、髪をなで、頬に手を落としてきた。
「やめ、」静止の言葉を聞かず、彼が唇をよせてきた。
最初は優しく、それから深く、短い時間だったが、舌が絡み合った。
悠太は、じっと竜崎を見ていた。
「僕が雅史のことを好きだって言ったら、僕も不誠実なのかな?東城のことを好きな雅史を好きと言ったら、雅史に、少しでも関われるのかな?」
竜崎が返事をしようとしたら、首を横に振った。「黙って」
もう一度唇を合わされる。今度は静止しなかった。
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