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もう一つのリクライニング 8
「バーで?」
「そう。僕はあの店の常連なんだ。雅史は、あの日が初めてだったんだろう。カウンターで飲んでた。僕はすぐに話しかけようと思って立ち上がったんだ。だけど、男がきて、雅史に話しかけてた。すごく驚いたし、悔しかったよ。あの時、雅史はひどく緊張していたから、初めてなんだってわかった。男の方は、たいしたことない奴で、どうして雅史があんな奴と付き合おうとしてるのかわからなかった」
だから、と悠太は言った。「バーのマスターとは親しいから、雅史の相手の男のことできるるだけ教えてほしいって頼んだんだ」
サイト使って相手を探してるってことや雅史はその男とは一回だけしか付き合わなかったことも聞いた、と言う。
「それから、バーに通い詰めて、機会を待ってた。何度か雅史が男と連れ立っていくのも、見ていたんだ。僕が、雅史に声をかけた日、雅史が本当に会う約束をしていた男は、来ていたんだ。だけど、雅史に会う前に僕が、お前の相手は来ないから、今日は大人しく帰れって言ったんだ。それから、会う約束をしていたふりをして、僕が雅史に会った」
何もかもが信じられないような話だった。
声がかさついている。「どうして、だ」
「普通に声をかけても避けられるのは目に見えてたから。雅史は、ずっと背の高い男とばかり会っていたから、だから、」
「わかった」
竜崎は悠太の言葉を遮った。だが、悠太は続けた。
「僕を選ばないのはわかってたんだ。無理を承知で、間違えたふりして、近づいたんだ。雅史は、どうしてあの時ついてきたんだ?断ってもよかったのに」
「それは、」と竜崎は言った。「誰でもよかったからだ。別に。お互いに、楽しむだけの相手だろう」
はっきりと告げた。悠太がどう思おうがかまいはしなかった。
潮時だったのだ。悠太とは、これ以上付き合わない方がよい。いや、最初からわかっていたことだ。回数を重ねてはならなかったのだ。慣れは執着心を生む。
「楽しむだけ、か」と悠太は言った。「そうだよな」そう言いながらさびしそうな笑顔を浮かべている。
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