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もう一つのリクライニング 7

その数日後、悠太と会う約束をした日、竜崎は迷ったが待ち合わせのバーにむかった。 彼に事情を聞くためだった。セックスするつもりは全くなかった。 頭の中は醒めきり、悠太への不信感でいっぱいだった。 なぜ、自分の名前を知り、趣味のことも知っているのか。 そもそも、あんな場所で話しかけてくるのは、ルール違反ではないのか。 悠太は先に来て待っていた。 彼の笑顔は変わらなかった。「この前は楽しかった。ビールが美味しかったね」とまで口にした。 バーで竜崎が問い詰めようとしたが、悠太はそういう話はホテルで、と答えた。 ホテルに行くつもりはない、と言ったが、「そんな思いつめた顔で、ここで話さない方がいい」となだめられた。 いつもと同じ余裕のある態度だった。 ホテルの部屋で、竜崎は憮然として椅子に座った。 悠太は、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、2つのグラスに注いだ。一つを竜崎に渡し、もう一つを飲んだ。 それから、彼は向かい合わせでベッドに腰かけた。 悠太は、あっさりと説明をした。 「名前は、財布の中を覗いたんだ。雅史って名前が本名なのかどうか、どうしても知りたくなった。我慢ができなくなって、雅史がシャワーを浴びている間に、スーツの内ポケットに入れてた財布を見たんだ」 「そんなことをしたのか」あまりのことに呆れてしまった。 「うん。雅史は、最初会った時は、相当、警戒してただろう。現金をポケットに入れて、後はスマホくらいしか持ってなかった。それも、浴室まで持って入ってた。でも、何回か会ってたらカバンもってきてたり、財布もスーツに入れてた。信用してくれてたんだな。裏切るようなことしてごめん」と悠太は言った。 竜崎は首を横に振った。 そうだ、自分は悠太を信用していた。 平然と犯罪を侵す人間をさんざんみてきたというのに。 いつの間に、自分は警戒をといてしまったのだろう。 「いつも、こんなことしているのか?」 「まさか」と悠太は言った。「雅史が信用してくれたんだと思って、嬉しくなったんだ。名前を知りたかっただけだ。苗字と、名前の漢字もどうやって書くんだろうって思ったんだ。本当に、それだけだ」 「美術館のことは、どうして知ってるんだ?僕の後をつけたのか?」 悠太は微笑んで否定した。 「雅史のことは、バーで出会う前から知っていたんだ」 「どういうことだ?」と竜崎は聞いた。 「ずいぶん前に竹橋にある美術館で雅史を見かけた。平日の昼間で、仕事のアポイントの時間がずれたから、行きたかった企画展示に行ったんだ。そしたら、そこに雅史も来ていた。時間なさそうに時計見ながら、展示を見て回ってた。出るときも名残惜しそうにしてた」と悠太は言った。 竹橋の美術館にはもう何度も行っている。 平日の昼間に行ったこともあるだろう。 「あの時、後を追いかけたんだ。全然覚えてないみたいだけど、雨が降り出していて、僕は竹橋の駅まで雅史を傘にいれてあげたんだ」 「え?」 驚いた。その記憶はある。 美術館から急いで出ようとしたら土砂降りだったのだ。 30分も待てばやむような俄雨だ。 だが、竜崎にはその時間はなかった。 傘ももっていなかったが、駅まで走れば数分だ。 覚悟を決めて走り出そうとしたとき声をかけられた。 「どうぞ」と言われて、礼を言いながら地下鉄の駅まで傘にいれてもらったのだ。 親切な人だと思ったが、顔も声も何も覚えていない。 急いでいたので顔は見もしなかったかもしれない。 「もっと話をしたかったんだけど、雅史は改札に走って行ってしまったから、何も言えなかった」と悠太は言った。「ずっと残念に思ってたんだ。もう二度と会えないって思っていた。美術館で一回見ただけの人間にまた会えることなんてないから。でも、諦めきれなくて竹橋の美術館には何度も行った。だから、あのバーに雅史がいるのを見た時、神様っているんだと思ったよ」と悠太は言った。

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