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act.2追憶プレリュード<93>*

「濃く、ない」 ぐったりと力の抜けたご主人様を抱きしめながら、都古は嚥下した白濁の味が想像と異なっていたことに不満を漏らす。数日ぶりの行為だと思っていたのに、どうやら先に葵の熱を解放したやつがいるらしい。 犯人は昨晩葵と過ごした京介が最有力候補だ。昨晩の出来事を全部打ち明けたように見せて都古を安心させておきながら、裏でちゃっかり葵に手を出しているなんて、本当に侮れない奴である。 「アオ、だめ。俺としか、だめ」 「なぁに……?」 「アオの、ミルク、俺だけの」 「だから……ミルクって?」 達したばかりでとろんとした瞳のままの葵に懸命に訴えるが、さっぱり通じない。都古相手にはどちらかと言えばしっかり者の面を見せることが多いから、ふわふわとした甘えた口調は新鮮で可愛いが、そうも言っていられない状況だ。 昨晩のことをもう少し詳しく問い正さねば。 決心した都古が腕の中の葵を見つめて口を開こうとすると、先に葵が都古の髪を撫でてこんなことを言ってくる。 「みゃーちゃん……大好き」 「今、反則」 このタイミングで言われてしまえば、自分以外と性的な行為をしたことへの追及はしづらくなる。思考まで蕩けた状態の葵だからきっと深い考えなどないのだろうが、本当にご主人様には敵わない。 「好き、すぎて……つらい」 葵が居れば辛いことなどないと宣言したばかりだが、こんな苦しみがあったことを忘れていた。 普段は無表情で恐いと思われがちな都古だが、今はすっかり甘え上手な猫。葵に髪を撫でられて気持ちよさそうに目を薄めている彼は、葵への愛が爆発しすぎて人間への戻り方も忘れかけている。 「ずっと、アオのもの、だから」 葵を好きすぎるなんて悩みも結局解決出来るのは葵しかいない。だから都古は改めてそう宣言する。 だが、葵からは首を横に振られてしまう。一瞬で幸せな気持ちが萎んだ都古に、葵は相変わらず放心した様子で口を開いた。 「ものじゃない。ねこ、だよ」 その瞳の色と同じように、葵の口調は蜂蜜みたいに甘い。 周りからは到底理解が及ばないだろうが、飼い主と猫の関係。その絆もまたとろけそうな程甘ったるくて、心地良い。 ────一生抜け出せない。抜け出したくない。 都古はそう願いながら契りを結ぶように、またそっと葵の唇に優しくキスを落としたのだった。

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