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act.2追憶プレリュード<94>

* * * * * * 別館内一階にある談話室。そこに並べられた昼食を前に、葵はどうしたら先輩の機嫌を損ねずに気持ちを伝えることが出来るのか、頭を悩ませていた。 「何、葵ちゃん。座らないの?」 座面と背もたれにきめ細かやかな刺繍の入ったアンティークソファは、そこに座る櫻によく似合っていて美しい。ぽんと隣を叩いて示す彼の横に本当ならすぐにでも滑り込みたいが、出来ない理由があるのだ。 「アオ、俺の上、座ろ?」 一つ目は背後からぎゅうと音が鳴るぐらい抱きしめてくる飼い猫の存在。バスルームから出た後もこうして葵から片時も離れずにくっついてくるのだ。 葵だって大好きな都古と、そして生徒会の先輩たちと一緒に昼食を取れることは楽しみだが、未里から指摘されたことが気がかりだ。 生徒会役員ではない都古が別館に居ることは本来規約違反。それも入り方の経緯を聞けば裸足で窓から忍び込んで来たという。 昨夜草履を失くしたきっかけももしかしたらここに侵入しようとしたからかもしれない。鈍い葵でもそのぐらいの予想は簡単についてしまった。 都古がここに居ることで自分が責められるのは構わないが、ただでさえ素行の悪い都古が周りから非難される要素は少なくしてやりたい。 それに、もう一つ葵が素直に昼食に混ざれない要因がある。 「……あの、実は……お昼約束してて」 出来るだけ言い方に気を使おうと思ったのだが、どう誤魔化した所で伝えなくてはいけない事実は一つだけ。 気まずいが言うしかない、と口を開いた葵に対し、櫻は機嫌が悪くなるどころか予測が付いていたようにあっさりと微笑んでみせた。 「これ取りに行く時に西名に会ったから知ってる。で、ちゃんと伝えたよ。葵ちゃんはこっちに置いておくって」 だからもう葵が躊躇う必要はない、そう言いたげにもう一度櫻が自分の隣に座るよう促すためにソファを叩いてみせる。 「そもそも、お前は食欲があるのか?また無理して具合でも悪くなったらどうする」 櫻の言葉でようやく空いた場所へ座ろうと思い立って葵に対し、今までジッとやりとりを見守ってきた忍が口を開いた。 長い足を組んでホットのブレンドコーヒーを嗜む忍の姿は、どう見ても高校生らしからぬ威厳を放っている。

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