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act.2追憶プレリュード<95>

「あの、それは……大丈夫です」 「そうやって無理をして倒れられるほうが困る」 「ッ……ごめんなさい」 忍が優しさで言ってくれていることは葵だって理解しているが、忍本来の高圧的で厳しい口調は心身ともに疲弊している葵にとっては少々苦しい。反射的に謝罪の言葉が口をついて出てきてしまう。 「あぁ、すまない。責めているわけではないんだ」 「忍はいつ何時も偉そうだからね、気にしなくていいよ葵ちゃん」 「お前にだけは言われたくない」 葵が表情を暗く一変させたことに気がついた忍がいつもの余裕ある態度を崩して取り繕うように言葉を重ねれば、途端に櫻がそれをからかって口を挟んで来た。 「スープとかゼリーとか、食べやすいものだけでいいからね」 勃発しそうなツートップの口論を差し止めて葵が手を伸ばしやすそうなものをテーブルに並べてくれたのは奈央だ。 だから葵はようやくソファに腰掛ける意志が固まった。だが、当たり前のように背中に引っ付いている都古がその隣に居座ろうとすると、案の定生徒会メンバーから制止がかけられる。 「カラス、お前はダメだ」 「朝食も出なかったんでしょ?いい加減君の同室者が困ってるらしいから、ちゃんとそっちに混ざりな」 忍と櫻が立て続けに都古を責めれば、普段何の感情の色も滲ませない顔が不服そうに歪んだ。 「烏山くん、意地悪で言ってるわけじゃなくて一応規則だから、ね」 忍も櫻も気の遣える口の利き方が出来ないし、都古の口下手はそれ以上だ。派手に衝突しないよう、奈央もフォローを入れるが言っていることは同じ。都古にここから出て行けと言っていることに他ならない。 「アオ」 「あ……うぅ…どうしよ」 都古が頼るのは葵しかいない。抱きついて離れたくない、と示せば、葵は可愛い飼い猫と、正論を言う先輩達との板挟みになって心底困り果てる。 でも葵が選んだのは都古を説得することだった。 「みゃーちゃん、ちゃんと歓迎会、参加しよ?」 自分と離れたくないばかりに、罪のない同室者である三年と一年の二人が苦労しているのは見過ごせない。艶のある黒髪を撫でて言い聞かせれば都古は傷ついたように目を薄めてきて、葵の胸も痛くなる。 でも葵が思う以上にこの飼い猫はしたたかだ。

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