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番外編-2

【バレンタインデー】 学校が終わって一旦帰宅し、二日分の着替えなどの準備をして、僕は深山木の家に向かった。 今日と明日の土曜日、深山木の家に泊まる予定だった。 ばあちゃんが町内会の温泉旅行にまた出かけるとかで「澄生、泊まりにおいでよ」と誘われ、断る理由などどこにもなく、そういうことになった。 冬休み以来かな。 家もいいけど、いつか、二人で旅行とか行ってみたいな。 夕暮れに近づき、風に冷たさが増していく中、僕は掴みどころのない未来について想像しながら、河川沿いを進む。 未来か……まだ何になりたいとか、進路とか、ちゃんと決めてないや。 ここを離れるかどうかすら考えていない。 深山木は、どうするのかな。 突拍子のないことをする奴だから、いきなり外国とか行っちゃいそうだな。 ……何だ、それ、有り得そうですごく怖いんだけど。 ……あいつって結構頭もいいし、やろうと思えば何でもできる人間だから。 深山木が何か目指すものを見つけられたら、嬉しいし、応援してあげたい。 ……でも、ちょっと、寂しいかな。 他愛もない想像のはずが、シビアな現実寄りとなってしまい、僕はやや浮かない顔で深山木の住む家を訪れた。 いろんな木が所狭しと生い茂る、季節ごとに花開く庭を横切って、母屋を覗いてみる。 開かれた障子の向こうにコタツにすっぽりと埋まった頭が見えた。 「……お邪魔します」 カラカラとガラス戸を開けて庭から母屋へ、縁側を踏み越えて、畳に上がる。 深山木は熟睡していた。 コタツ机には丸々した蜜柑一つと、その皮が放置されている。 僕は思わず一人笑った。 暖かな部屋でジャケットを脱いで、眠る深山木の斜向かいからコタツに潜り込み、冷えていた体を縮こまらせる。 あったかい。 深山木の寝息を聞いていたら、わけもなく湧き上がっていた不安は遠退いて、深いまどろみの中へ……。 気がつくと外どころか母屋の中も真っ暗だった。 開けたままにしていた障子を慌てて閉めて、明かりを点け、まだ眠っていた深山木を揺り起こす。 「深山木、もう七時過ぎてる」 深山木は子供みたいに唸って、目を擦りながら、解いた黒髪を滴らせて起き上がった。 「澄生……いつ帰ってきたの……おかえり……」 寝惚けている深山木に僕は笑った。 冷蔵庫が空っぽなので、今夜の夕飯を買いに、近くのコンビニまで二人で出かけることにした。 「どれにしよう」 「深山木、アイスじゃないって、おかず系」 「アイス食べたい」 「じゃあ、食後のデザート用。じゃあ、ほら、弁当はどれにする?」 「あれ食べたい」 「肉まん? まぁ、いいけど」 「肉まん、ピザまん、カレーまん、カルビまん」 「……全部そっち?」 「アイス食べたい」 「それはわかったって」 広くもないコンビニの店内を深山木は行ったり来たり。 カゴを持った僕は、アイスは後にして、深山木が指差したお菓子やらパンやらを放り込んでいく。 部活帰りと思しき女子中学生が深山木を見てはしゃいでいる。 邪魔な前髪を後ろで無造作に縛ったハーフアップ、制服の上にばあちゃんのマフラーをぐるぐる巻き、この寒い季節に靴下ナシ、庭用のサンダル。 そんなずぼらな格好がどうしてこうも洗練されて見えるのか。 ぱっと人目を引く綺麗な顔立ちっていうこともあるだろうけど、きっとそれだけじゃない。 「澄生、これも」 飾らない、偽らない、ありのままの性格が礎になっていてブレがないっていうか。 ふと深山木が再び足を止めた。 棚の一角にバレンタインデー販売用で売れ残ったチョコレートが低価格で並んでいる、その商品達をじっと見下ろしていた。   「深山木、ほしいの?」 「澄生からチョコ貰ってない」 「え?」 だって、それって、女子が買うものだろ? 男が男にやるものじゃない……よな。 「……僕だって貰ってない」 「ん?」 「深山木から貰ってないよ、チョコ」 深山木はピンクのハート型の容器を手に取った。 自分の左胸に押し当てて「俺の心臓」と言う。 何をやり始めるんだろうと、黙って眺めていたら、そのハートの容器を僕に差し出してきた。 「俺の心臓、澄生にあげる」 子供みたいな幼い笑顔でプロポーズみたいな台詞。 不覚にも僕はその場で真っ赤になった……。 コンビニを後にした僕と深山木は手を繋いで帰った。 重ねた掌に互いの熱を交わらせて。 月明かりに照らされた夜道、擦れ違った通行人から時々見られたけれど。 何も怖くなかった。 何があっても、この手を、深山木を、守りたい。 「澄生、月、丸い」 「うん、満月っぽい」 「明日晴れるかな」 「晴れるよ、きっと」 捧げられた彼のハートに、そう、こっそり誓った。 end

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