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番外編-1
【クリスマス】
終業式が済んで毎年恒例の大掃除も終え、正午少し前のホームルームでもって今年の二学期が終了した。
帰宅部の生徒達は冬休みの予定を楽しげに喋りながら下校し、部活生はそれぞれの活動にせっせと励む。
昼過ぎ、僕と深山木はまだ教室の中にいた。
僕の方のホームルームが先に終わって、深山木の教室を覗いてみると、案の定、深山木は机に突っ伏して眠っていた。
それから一時間が経過しただろうか。
クラスメートは次々と帰宅し、教室は僕達以外に無人となり、シンとしている。
外で響く笛の高らかな音色が静寂の室内にまで響き渡る。
手持ち無沙汰な僕は懇々と眠る深山木の隣の席に座り、宿題の漢字プリントを解いていたのだが。
急に深山木ががばりとその頭を起こした。
突拍子もない目覚めに驚いている僕を見て、深山木は言う。
「澄生、海、行こう?」
十二月、吹き荒ぶ北風、青く霞む空。
潮騒を奏でる海。
漂流物だらけの砂浜で裸足になった深山木はあろうことかその足先を海水に浸して遊んでいた。
「冷たい」
コートに両手を突っ込み、マフラーに首を窄めた僕は波打ち際ではしゃぐ深山木の幼さに呆れていた。
同時に見惚れてもいた。
緩く縛られた艶やかな長い黒髪は冷たくも心地よく澄んだ風に靡いて、猛禽類じみた美しい眼は霞む青を反射し、冴え冴えとしている。
ズボンの裾を折り曲げて曝された足が波を蹴る。
弾かれた飛沫は褪せた日差しの中で瞬間的に煌めいた。
「澄生もおいでよ」
「……無理。絶対、無理」
「気持ちいいのに」
波と戯れる深山木。
ちょっと目を離したら、彼に恋をしてしまった海が深山木を攫ってしまうんじゃないかって、癖になった白昼夢に怯えた僕はずっと深山木を見つめていた。
視線の先で深山木は派手なクシャミをした。
「ああ、ほら。風邪引くって」
僕は革靴で砂浜をサクサクと音立たせ、深山木に近づくと、自分が巻いていたマフラーを彼の首にぐるぐると巻きつけた。
頬についていた砂もとってやる。
冷たいはずなのに、その肌は温もっている。
僕の手が冷え切っているのかな?
「澄生、優しいな」
そう言って深山木は僕に抱き着いてきた。
「大好き、澄生」
「……知ってる」
「ううん。澄生が思ってるより、もっともっと、俺、澄生が好き」
吹き荒ぶ風の冷たさと深山木の温もりに溺れた僕は目を閉じた。
ああ、気持ちがいい。
澄みきっていて、温かくて。
チクがいる天国って、こんなところなのかな。
「僕も、由のこと、好きだよ」
首筋に顔を埋めていた深山木は僕を覗き込むと、笑って、キスしてきた。
僕も深山木にキスをした。
誰もいない冬の海岸で抱き合って、かけがえのない熱に、そっと沈んだ……。
「クリスマス、俺、ケーキ作る」
「……お前、ケーキも作れるの?」
「作れる。ばあちゃんも先生も、おいしいって言ってくれた」
「へぇ。手伝うよ、僕も」
「澄生はあれ作って。折り紙でわっか、繋げたやつ」
「……」
低学年の頃、小学校で開いたクリスマス会を思い出し、バスの後部座席に深山木と並んで座っていた僕は吹き出した。
「どうかした?」
「……何でもない。わっか、頑張っていっぱい作るよ」
海沿いの国道を空いたバスががたごとと走る。
暖房がよく効いた車内、定食屋でラーメンを食べて満腹になっていた僕は眠気に誘われて瞼が落ち気味だった。
そんな僕に深山木はくっついて言う。
「寝てていいよ。起こしてあげる」
そう言っておきながら、深山木もつられて眠ってしまい、終着まで寝過ごしたのはついこの間のことだ。
まぁ、いいか、そうなっても。
幸せって、こういうことを言うのかな。
「おやすみ、澄生」
おやすみ、由。
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