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6-8
「教室で澄生を初めて見た時、触りたいって思った」
表の明かりが細く差し込む夜半の庭を眺めていたらふと下から眠たげな声がした。
「それに触ってほしいって思った」
僕の膝に頭を預けて母屋の縁側に寝そべった深山木が欠伸をする。
障子の枠に背中をもたれさせていた僕は彼の黒髪を撫で、開け放しにしたガラス戸の向こうでひっそり沈黙している草木に視線を戻した。
夕暮れ、自宅の電話番号を僕から聞くと即座に連絡をとって、僕達のためにもっともらしい言い訳を述べてくれた先生は今お風呂に入っていた。
久し振りに実家に帰ってきたというのに迷惑をかけてしまって、謝れば、先生は気になる事を。
「家には時折戻っていましたので。気になさらないでください」
先生は深山木の様子を見に週末や盆休みに度々こっちへ戻ってきていたらしい。
深山木は足繁く通い詰めていた僕と日がな一日離れにいたから、多忙で日帰りを余儀なくされていた先生は母親に話を聞いて近況を把握していたそうだ。
……やっぱり先生は僕達の関係にほぼ感づいているんだろうなぁ……。
浴室から響いてくる控え目な水音に気をとられかけていたら深山木がまた口を開いた。
「今まで、暇潰しに触って、つまらなくて、すぐに飽きて、放り出してた」
「……ふーん」
「セックスってすごいな」
それって、どういう意味だ。
お前って男とした事がなくて、女ともした事がなくて……って、そういう意味なのか?
「全部、何もかも澄生が初めてだよ」
体が疲れていて、心は十分満たされていて、僕は黙ったままでいた。
「澄生の初恋はチク……?」
先生が作ってくれた遅い夕飯を平らげて満腹になった深山木は今にも眠ってしまいそうだった。
僕は明かりの消えた居間から後ろ手でタオルケットを手繰り寄せて、その上半身にかけた。
深山木は寝返りを打って手足を縮め、丸まった。
「もっと撫でて、澄生」
深山木が願う。
僕はその願いを叶える。
十月の冴え冴えとした夜気が心地いい、心細くない、温かな夜だった。
もう一度あの鳥に会いたいな。
深山木の髪を撫でながら僕は耳を澄ましてみた。
辺りはただ静まり返っているだけで何の音もない。
鳴き声も、翻る翼の風切音も、聞こえてこなかった。
「……深山木、もう寝た?」
見下ろしてみると目を瞑った深山木はうっすらと口を開けていた。
寝息じみた呼吸を紡いでいる。
膝にかかる重みも心なしか増したようだった。
明日は土曜日だ。
多分、晴れるだろう。
先生から電話を代わったら午前中に帰ってこいと母親にうるさく言われたけれど……あ、先生にちゃんとお礼を言わなきゃ。
ばぁちゃんはいつ頃帰ってくるのかな。
できたら、また、深山木と……。
「寝てないよ」
気がつけば目を開けた深山木が笑って僕を見上げていた。
無性に嬉しくなって、僕は、深山木にキスをした。
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