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第1―1話
強風が吹いて俺と千秋は「ひゃー!!」と悲鳴を上げながら笑って頭を抑えた。
本当は今日、千秋は羽鳥と花見に行く約束をしていた。
それも午後3時頃から夜まで桜を見ながら羽鳥の作った弁当を食べて酒もありのフルコース。
千秋は色んなアングルで桜を撮るんだ~と超楽しみにしていた。
俺に惚気けんなよと思いつつ、ニコニコ子供のように笑って話す千秋がかわいくて、「良かったな」と言って千秋の髪をくしゃりと撫でてやった。
ところがそう上手く行かないのが編集者というやつで。
羽鳥が出勤すると、いつもは羽鳥より遅く出勤して来ている編集長の高野さんがいた。
高野さんによると、地方在住のある作家と一之瀬絵梨佳との打ち合わせの予定が地方在住の作家の勘違いでブッキングしてしまったという。
しかも地方在住の作家は前日の飛行機で既に東京に到着している。
高野さんは一之瀬絵梨佳に事情を話した。
なぜならその地方在住の作家は、今日の飛行機で帰ってしまうのだ。
わざわざ前乗りで東京まで来てもらって、『打ち合わせは出来ません』とは言えない。
しかも東京まで来たからと観光して帰るつもりで、諸々の予定を立てていたのだ。
つまり打ち合わせ時間は変えられない。
なので高野さんは一之瀬絵梨佳に日にちか時間を変えて欲しいと連絡した。
一之瀬絵梨佳は快諾してくれた。
「じゃあ羽鳥さんをよこして」
の一言を付け加えて。
高野さんは羽鳥に頭を下げて「すまないが頼む」と言った。
そう、一之瀬絵梨佳の打ち合わせは三日後のサイン会とトークショーの最終打ち合わせだからだ。
打ち合わせをしないことは選択肢に無い。
羽鳥はいつものポーカーフェイスで「分かりました」とでも言ったのだろう。
そしてすぐさま千秋に電話で事情を話した。
夕飯は花見用の弁当を食べてくれと最後に付け加えて。
で、千秋は羽鳥からの電話を叩き切って、泣きながら俺に電話をしてきたってことだ。
俺にも選択肢は無い。
「分かった。行こうぜ」
と言う以外。
千秋と合流すると、千秋は笑顔で「優、ありがと。それと急にごめん」と言った。
俺は泣いて赤くなった鼻をつまむと、「気にすんな」と言ってから「どこに行く予定だったワケ?」と訊いた。
千秋は予定は羽鳥に秘密と言われていて聞いて無いそうだ。
それなら羽鳥が来そうに無い所、来たとしても見つけられない所にしようと俺は閃いた。
石頭の羽鳥のことだから、桜が有名な定番の場所を絶対に選ぶ筈だ。
「千秋、羽鳥に俺と一緒にいるって言ったか?」
「言ってない。
話が終わったら直ぐに電話を切ったし、何度も電話やメールが着たけど無視したし、優と合流出来きたから電源も切った」
俺はよし!と思った。
「じゃあさ、小学校に行かねー?」
「小学校…?入れないよ?」
キョトンとした顔の千秋に顔を近づけて言う。
「ほら、小学校の側の土手だよ。
ちょっとした桜並木が小学校まで続いてて、今の季節、花見をする人が結構いるじゃん。
出店も出てるし。
それに土手沿いだから街灯も点いてて夜桜も綺麗だし。
あ、ボンボリも飾ってあったよな」
俺が千秋に初めて出逢ったのは中1の二学期の初め。
だから俺は小学校時代の千秋は知らない。
それを知っているくせに、俺と千秋が漫画や趣味の話で盛り上がっている時に限って、あの仏頂面で俺達の話の内容に全然興味が無いのに、千秋にベッタリくっついている羽鳥のやつが、ボソッと小学校時代の話をしてくる事が時々あった。
『時々』といっても俺は悔しかった。
俺の知らない千秋を大嫌いな羽鳥が知っていることを。
そしてそれをネタに今まで俺に向けられていた千秋の笑顔が、羽鳥に向けられることを。
だから二学期の半ば、千秋に「千秋の通っていた小学校ってこの近くだよな。見てみたいんだけど」と正直に言った。
千秋は「うん!今日行こっか?」と笑顔で答えてくれた。
千秋は普通の小学校だよと何度も言っていたけれど、確かにどこにでもある平凡な小学校だったけれど、俺はここで千秋が6年間を過ごして、今、同じ中学の千秋に偶然出逢えたんだと思うと、中1のガキとは自分でも思えないくらい感動してしまった。
感動して固まってる俺に、千秋は「優も小学校一緒だと良かったなー!」なんて無邪気に言ってくる。
それがどんなに俺を嬉しくさせるかも知らないで。
その一言がどんなに残酷かも知らないで。
俺はまた千秋に叶わない恋をしてしまうのに。
だけど俺は無自覚にニコニコ笑う千秋に、「俺も」と笑った。
そして俺と千秋は今、小学校の側の土手にシートを敷いて、花見を楽しんでいる。
予想通り花見客も結構いるし、出店も出てそれなりに賑わっている。
千秋はデジカメで桜並木を撮ったり、逆に桜の枝の先をズームで撮ったりと慌ただしくしていた。
昼間の光景は満足したのか、千秋は丁度夕方頃「疲れた~」とシートに戻って来た。
俺は千秋が戻って来るまで、桜に夢中な千秋をスケッチしていたから、千秋は直ぐに俺のスケッチブックを覗いて「また俺を描いてんのかよー」と呆れたように笑った。
そんな笑顔もかわいいなと思った時だった。
強い風が吹いたのは。
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