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Du bist mein Ein und Alles
「……ヨハ、ネ……ス、」
イヴァンが鈴のように鳴らす、俺の名前。
「ヨ、ハ……ネス……、」
涙に濡れて、両手を広げて、イヴァンは真っ直ぐに俺を見上げた。
同じ寝台の上で、月の光を浴びて、体を寄せ合った夜を思い出す。
「イヴァン──」
一歩、誘われるように。
一歩、引き寄せられるように。
詰めた距離のまま、イヴァンを抱きしめた。
抱きしめ返す細い腕。大きく吐く息。
苦しいほどに、胸が痛くて、喉が詰まる。
今度は俺が、言葉を失ったようだった。
「どこ、にも……行きたく、ない」
呟くように、イヴァンの声が、震えて揺れて、耳を打つ。心の底から、これが本音だと、顔を見ずともすぐにわかった。
口を開いたら、情けない声が出そうで、抱きしめる腕に力を込める。
「一緒に……いたい、よ……」
向かい合えば痛いほど、一途な金色の雛。
初めて会った時からずっと、真っ直ぐに俺を見上げて、包み隠さず本音をぶつけて、イヴァンは全身で、伝えていた。
首筋に触れる冷たい髪と、擦り寄せられる鼻先。涙の感覚だけが熱くて──堪えるのはもう無理だった。
「お前を愛してる、イヴァン」
一際大きく体が震えて、しがみつくように腕に力が込められる。それだけで、分かってしまうくらい、俺たちは近くにいた。
「……僕、普通じゃない、のに、」
声も、体も、全部──普通の少年とは違う。
イヴァンが声を出せなかった理由。
「嫌われたら、って、怖くて……」
求めることを恐れた理由。
「だって……結婚、するんじゃ……」
いよいよ必死に、震える泣き声。
俺は首を横に振って答えた。
「僕……ヨハネスが、欲しいよ……」
恐ろしいほどに、渇望する、吐息混じりの言葉。
全身が総毛立つほどの歓びが、体を駆け上がる。
「イヴァン、」
そっと体を離して、そこで初めて目を合わす。熱っぽい瞳が、濃いグレーに濡れて俺を映していた。
顔を寄せて、乾いた喉を潤すように、唇を合わせる。
「全部、お前にあげる。」
──だから、どこにも行かないで。
まるで子供の駄々のような願い。
「──どこ、にも、行かない」
膝立ちになったイヴァンが、壊れ物を掲げるように、そっと両手で俺の頬を挟んだ。
「ずっと、僕の、ものでいて。」
返事の代わりに、啄ばむようなキスをする。
ふっ、と、イヴァンから色めいた吐息が漏れた。
残った涙が一滴、俺の頬にも降り落ちる。
途轍もなく、満ち足りた気持ちだった。
「──お前は、いつの間にか飛んでいって、怪我ばかりして帰って来る」
腰を抱いて、右の腿に触れると、イヴァンは気まずそうに目を細めた。
「心配で、目が離せなくて、」
玄関に残った足跡から、怪我をしているのは分かっていた。
「愛おしくて、側にいたくて、」
抱きかかえると、大人しく首に腕が回される。
「いつもいつも、お前のことばかり考えてる。」
部屋に入り、寝台に降ろす。こちらを見下ろすイヴァンの目はぼんやりとして、しかしはっきりと熱を持って輝いた。
「俺は、ずっとお前を想ってるよ」
また一つ、涙を零す瞳にキスをした。
安堵したように力の抜けた体は、急に疲れと眠気を思い起こしたようだ。離れようとすると、イヴァンは頬を擦り寄せて、小さな声で呼ぶ。
「ヨハネス……」
「一緒に寝ようか」
コクリと頷くイヴァンに小さく笑って、着替えとタオルを持ってくる。
捻った足を手当てし終わる頃には、寝入っているかと覗き込めば、見つめる瞳と視線がぶつかる。
目だけでわかる。でも待った。
両の掌を広げて、イヴァンも笑う。
「おいで、ヨハネス」
「ああ──」
何の屈託もなく腕の中に飛び込む子供みたいに、抱きしめ合って柔らかい髪を撫でて、灯りを消しても、
「──おやすみ」
「おやすみ……」
聴こえる声が、幸せの証。
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