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第1話

「今週末からしばらくウチ来い」 唐突に。 いつものことだけど。  空になった二人分の食器を片しながら、返す俺の返事はこれしかない。 「は?」 何なの、せめてお伺い立てたらどうなの?何で命令形なわけ?絶対断らない前提で。 「何企んでんだよ」 会うのはいつも俺の部屋と決まっている。 これまでにマサキの部屋に通されたことなんかない。 「人聞き悪りぃな、俺をどんな人間だと思ってんだ」 「んー、デキた奥様を裏切り続けて、若者の明るい未来を握り潰すオッサン?」 「…当たってるわ」  俺と、目の前のこのオッサン、マサキは、何というか一言で言うと愛人関係。 マサキが単身赴任になり、これ幸いと東京から大阪までくっついてきて、愛人ライフをエンジョイしている。 カフェ勤務で簡単なものなら作れるようになった俺のメシとカラダを求めて、今夜もウチに来てる。  週末、教えられた住所を元に、少し古びたマンションにたどり着く。 会社借り上げの社宅だ。 それにしても、どっかまで迎えにきてくれたって…  あ、アイツにそういう優しさを求めるのは無駄なんだった。  ドアのチャイムを押すと、程なくしてやたらと騒がしい物音が近づいてくる。 思わず身構えた。 ドアが開くと、思ってたのとは違う人が。 「ミヤビくん!初めまして!!」 …どちらさん? 何で俺の名前、知ってんの?  遅れてのそのそと現れたのが、思ってた人。 「入れよ」 わけがわからないままとにかく言われた通り家の中に入った… 「何じゃこれ」  部屋の中はおもちゃや脱ぎ散らかした服、ちぎりまくられた画用紙やクレヨン、絵本、やなんやで、足の踏み場もない。 「みゃあたん!みゃあたんきた!」 何かさっきとは別の声も聞こえてくる。 「とりあえずメシ作ってくれる?簡単なのでいいから」 しれっとそんなこと言うマサキの腕をひっ掴み、部屋から出た。 「せ・つ・め・い・し・ろ!」 奥歯を噛み締めながら力一杯、目ん玉ひん剥いて言った。  マサキの遅すぎる説明によると、何でも奥様がご学友の方々と旅行に行くから、4日ほど子どもたちを預かるように言われたとか。 一度は断ったが、何のために春休みの料金高い時期にしたと思ってるのか、と一蹴されたそうだ。デキた奥様をお持ちだ。  で。 再び戦場のような部屋に入ってみると。  玄関で真っ先に出迎えてくれたのが、長女。 もひとりちっこいのが、次女。 ほえー。二人ともマサキによく似てる。 「藤枝愛莉です、よろしくね」  長女の方は愛莉というらしい。 背が高くすらっとしていて、長い髪を下ろしてて、顔がちっさくて、手足が長くて、いかにも今時の子って感じだ。ずいぶん大人びて見えるけど… 「まだ10歳だ。マセててめんどくせぇ」 マサキがいかにもめんどくさい顔で言ってきた。 いや、本人の目の前でそんな言いぐさ。 「こっちは優香。3歳なったとこだ」 こちらはまだまだ幼くあどけない、子ども子どもした子だ。 長女に比べたらまだ顔とかぷくぷくしてる。

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