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プロローグ

――病室の扉を開ける。 「……誰!?」 「…………俺」 「…………ッ、帰れ!!!」 「…………」 「何しに来た?笑いに来たのか!?」 「…………違うよ」 「じゃあなんだよ!」 「俺は……お見舞いに……」 「見舞いなんか要らない!帰れよ!!」 「…………」 「どうせお前、笑ってんだろ!?  ザマァミロって思ってんだろ……」 「俺は……」 「帰れ!!帰れよ!!」 「…………」 ――一週間前、幼なじみの早乙女 叶が、通り魔に襲われて病院に運ばれた。 「ミキ、おはよう」 「……おはよ」 俺達は家が隣同士で、両親同士も仲が良く、物ごころ付いた時には既に俺の隣には叶が居た。 まるで兄弟のように育って来た。 叶は俺の一番身近な『他人』だった。 「今日もブスだな!アハハッ」 「あ、あはは……ごめん……」 「何謝ってんの?  別にブスなのは悪い事じゃないじゃん」 「……そ、そうだな」 「ただよくそんな顔面で生きていけるなぁ、と思っただけだよ」 「…………」 「俺だったら自殺してるね!」 「………………うん」 「まあ恨むなら自分をブスに産んだ両親を恨みなよ」 「…………」 「ミキは親も不細工だからなぁ……」 「…………」 ――叶は、吃驚するほど綺麗だった。 誰もが認める『美形』だった。 目鼻立ちがくっきりした、日本人離れした顔立ち。 長い睫毛に縁取られた、色素の薄い瞳。 雪のように白い肌は、滑らかで、シミ一つない。 華奢で手足が長くて、髪の毛もふわふわ。 そんな人間離れした、完璧なルックス。 街を歩けば誰もが振り返り、叶の顔に見とれる。 その整い過ぎた容姿を叶は、何よりも自慢に思っていた。 叶はいつも自信に充ち溢れていた。 羨ましいくらいに自分に自信があって、前向きで、勝気で…… 根暗で卑屈な俺とは正反対。 俺はそんな叶が羨ましくて、 そして、憎かった。 ――二人で他愛ない話をしながら学校まで歩いた。 叶と登校するのは、小学生の時から中学三年生になった今現在までずっと続いている、俺達の習慣だった。 叶は自分の話をするのが大好きで、俺はいつも叶の話に相槌を打つだけ。 今思えば俺は、自分の意見を叶に言った事なんか一度もなかったな……。 「…………」 「げっ、早乙女……」 「おはよう、田村。今日も相変わらず不細工だな」 「あぁ?うるせぇよ」 教室に入るなり、叶は他のクラスメイトと話し始めた。 田村という男子生徒だった。 田村は叶と仲が悪い。 毎日こうして喧嘩紛いの言い合いをしている。 田村も叶と同じくらい我が強い性格なので、この二人は何かと衝突が多かった。 俺は叶を放って自分の席に着く。 田村と叶の話し声が聞こえて来る。 「お前さ、いつもいつも……いい加減にしろよ」 「はあ?何が?」 「俺のこと不細工とか言うな」 「ブスにブスって言って何が悪いんだよ、バーカ。  悔しかったら整形しろ、整形」 田村と叶のやり取りを見ていた女子生徒が数人、こそこそと噂話を始める。 「早乙女くんってほんとキツイよね」 「ねー、普通に引くわ。田村かわいそー」 叶はその女子達を睨みつけて、 「聞こえてんぞ、ブス」 と言い放った。 「ブスとか言われたんですけど」 「ないわー……自分がちょっと綺麗だからって勘違いしてんじゃないの?」 「ねー、ほんと無理。どう考えても調子乗ってるし」 「…………」 ――昼休み。 「ちょ……叶っ……」 「いいから、来いよ」 「…………っ」 給食を食べ終わってすぐに、叶に腕をグイグイ引っ張られて何処かへ連れて行かれる。 連行された先は保健室だった。 「……具合でも悪いのか?」 保健室には誰も居なかった。 生徒は勿論、何故か保険医の姿もない。 「うわっ……」 また手を引っ張られて、ベッドまで引き摺られる。 そしてそのままベッドに押し倒された。 「ちょ……なにっ……やめっ」 「クラスの奴、みんなむかつく!」 「…………っ」 「ブスの癖にブスの癖にブスの癖に!!  俺が綺麗だからって嫉妬してんじゃねーよ!  田村も女子もみんな嫌いだ!みんな死ねばいいのに!」 「叶……」 「ほんと、ムカツク……」 「…………っ!」 叶が俺の学ランに手を突っ込んで来る。 ひんやりとした手で直接肌に触れられて、身体が勝手に跳ねた。 「叶っ……誰か来るから……」 「誰も来ねぇよ」 「でも、先生がッ……」 「俺の言う事が聞けないの?」 「…………ッ」 制服の中に侵入した叶の手は、止まることなく俺の肌を這う。 俺と叶は別に恋人同士というわけではないけれど、たまにこういう事をする仲だ。 いつから始まったのかよく覚えてないが、最初は単なる興味本位か悪ふざけだったような気がする。 自慰を見せ合ったり触り合ったりしているうちに、だんだんエスカレートして今に至る。 「かなっ……あっ……やっぱり駄目、だって……ッ」 「うるさいな!お前まで俺をイラつかせるな!」 「ひっ……」 俺は叶に逆らえない。 いつだって叶の言いなりで、自分がない。 まるで叶の奴隷みたいだ。 ――………… ――…… 誰もいない保健室に、粘着質で厭らしい音が響く。 「ぁ……はっ……叶ぇ……ッ、いたっ、痛いよッ」 ろくに慣らしもせず叶に無理やり突っ込まれて、涙が出る程痛かった。 だけど俺がどんなに泣いて嫌がっても、叶はやめてくれない。 やめてくれるわけがない。 俺達はこうして抱き合うけれど、決して恋人同士なんかじゃない。 そんな甘い関係じゃない。 俺は叶にとって、都合の良い穴でしかない。 「んう゛っ……!?」 俺の顔面に柔らかい枕が押しつけられる。 視界が遮られる。叶の綺麗な顔が見えなくなる。 息が詰まって苦しい。 「叶……?」 「声うるさいし、顔がブスすぎて萎えるんだよ」 「…………」 「終わるまで顔隠してろよ」 「うっ…………」 痛みと屈辱で泣きそうだった。 本当に泣きたかった。 泣いて叶を責めたかった、何か言い返してやりたかった。 でも何も言えない。 行為が終わるまで、唇を噛みしめて声を殺し、泣くのを我慢した。 俺は全然気持ちよくない、滅茶苦茶なセックスだった。 俺達の行為はいつもこうだった。 一方的で、愛のない行為。 こんなのはセックスじゃない。 叶の独りよがりな自慰だ。 ――そして掃除の時間…… 俺は、見つけてはならない物を見つけてしまった。 俺は科学室の掃除当番だった。 「…………」 色々な薬品が出しっぱなしになっている。 恐らく前の授業で実験をしていて、それを片付け忘れたのだろう。 俺はそれらの薬品を仕舞う為、手に取った。 手に取った薬瓶のラベルには『硫酸』と書かれている。 瓶はずっしりと重たくて、中に液体が入っているのが分かる。 ――こんな危険な薬品、出しっぱなしにしとくなよな……。 怖かったけど、少しドキドキした。 危険な薬品を持っているという事実に、何故か興奮した。 「…………」 「…………」 「…………」 そして俺はその『硫酸』と書かれた薬瓶を、仕舞わずに、盗んだ。 ――そして、放課後。 「ミキ、俺、委員会あるから今日は一緒に帰れない」 「……あ、うん、分かった」 「本当はいつもみたいにサボりたいんだけどねー。  この前もその前もサボったから流石に今回は行かないと」 「……うん」 ――俺は一人で家に帰った。 そしてフードの付いた服に着替えて、マスクをして、眼鏡をかけて、 盗んだ硫酸を持って、再び家を出る。 ――通学路で、叶を待ち伏せした。 叶は、日が暮れて辺りが真っ暗になった頃に現れた。 この辺りは田舎で電灯があまりない。 そのせいで俺の姿はほとんど見えない。 人通りもなく、辺りには俺と叶だけ。 全てが上手く行きすぎだった。 神が俺に味方をしてくれたんじゃないかって程に、タイミングや時間、全てが上手く行っていた。 神様が俺に『やれ』と言っている……そんな気がした。 そして、俺は…… 叶の顔面に向かって、 硫酸を思いっきり、 ぶちまけた。

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