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END

――数日後、俺は叶の葬儀に出た。 叶は焼けて、溶けて、灰になった。骨だけになった。 胸にぽっかりと穴が開いた様な気分だった。 なんとも言えない喪失感。 だけど叶を失った実感はまだ沸かない。 葬式にはクラスの連中も来ていた。 その中には当然、田村も居る。 田村は、クラスの連中は、叶の死をどう思っているんだろう。 自分達のいじめが叶を死に追いやったと、責任を感じているだろうか。 ――葬儀が終わっても俺はまだ、現実を受け止められていない。 もう二度と叶に会えないという事は、頭では分かっているのに、心が追いつかない。 心がそれを認めない。 受け入れられない。 ふと、自室の机に置いていた手鏡が目に入る。 この鏡はいつかの誕生日に叶から貰った物だ。 叶が『幹久も、もっと外見に気を使え』と言って寄越した物だ。 俺はその鏡を手に取って、自分の顔を写す。 鏡に映った自分と目が合う。 ――醜い顔だった。 叶に『不細工』だと言われ続けた自分の顔。 瞳は三白眼で一重で、人相が悪い。 目の下には酷い隈があって、まるで麻薬中毒者や重病の末期患者みたいだ。 低い鼻の上にはソバカスがあって、汚らしい。 整えてない眉毛は太くて、ボサボサしている。 肌や唇もガサガサに荒れている。 俺はこの顔が大嫌いだった。 コンプレックスの塊だった。 長く伸びた前髪が自分の暗さに拍車をかけているのは分かるが、顔を見られるのが嫌なので前髪を切る気にはならない。 この顔をずっと見ていると、鏡を割ってしまいたくなる。 叶が俺に鏡をプレゼントしたのは、嫌がらせに違いなかった。 どうして俺は醜くて、叶は綺麗だったんだろう。 ――翌朝、家の前に叶は居なかった。 暫く待ってみても、叶の家から叶が出て来る事はなかった。 俺達は毎日、一緒に登校していたのに。 それなのに、これからはもう俺は一人で学校へ行かなくてはならないんだ。 だって叶はもう、この世に居ないのだから……。 「…………っ」 目がしらが熱くなる。 涙が溢れた。 胸が焼けるように熱くて、痛い。 心臓をギリギリと締めつけられているみたいで、苦しい。 「なんで、俺、泣いてるんだ……」 泣いたってどうにもならないのに、叶は帰って来ないのに…… それなのに、涙が溢れて止まらない。 「叶の事なんか大嫌いだった筈なのに……  アイツが死んで、清々した筈なのに……  もうブスって言われる事も……  無理やり抱かれる事も……ないのに……  それなのに……なんでっ…………」 「なんでこんなに、苦しいんだよッ……!」 罪悪感を感じているから? 自分が叶を死に追いやったと、 自分が殺してしまったと、そう思っているから? だからこんなに苦しいのか? ――………… ――…… 「ちがう……俺は……」 「俺は…………」 「俺は、本当はっ…………」 ――叶の事が、好きだったんだ。 「かな、えっ……」 ブスだと馬鹿にされるのが辛かったのは、 無理やり抱かれるのが嫌だったのは、 ただ単に叶の傲慢さに苛立っていたからではなかったんだ。 俺は、叶と対等で居たかっただけなんだ。 叶の事が憎かったのは、嫌いだったからじゃない。 叶の事が好きだからこそ、だからこそ……憎かったんだ。 その事に、叶を失った今、ようやく気が付いた。 「叶……ごめん……  ごめんな……  痛かったよな……  辛かったよな……苦しかったよな……叶……」 俺はいつだって叶の言いなりだった。 でもそれは、叶のせいじゃなかった。 俺はいつもヘラヘラ笑って誤魔化して、謝ってばかりで、 叶と本当の意味で向き合う事を避けていた。 向き合う事から逃げていた。 そんな俺と叶が対等な関係で居られる訳がなかったのに……。 それなのに俺は、叶を恨んで、憎んで、 あんな酷い事をして、結果的に叶を死に追いやった。 なんて愚かなのだろう。 なんて醜いのだろう。 俺達は、何処ですれ違ってしまったのかな。 何処で間違った? 何処で誤った? どうしてこんな事になった? 分からない。 分からない……。 ――――………… ――………… ――…… 近所の廃ビルの屋上にやって来た。 フェンスを越えて、落ちるか落ちないかギリギリの所に立つ。 「叶……  俺も今、そっちに行くよ。すぐに行くから……だから……」 俺は死んでも、天国には行けないかもしれない。 叶にあんな事をしてしまったんだ。 俺が向かう先はきっと地獄だ。 でももしも天国に行けたなら、そこで叶に会えたなら、 今度はもっとちゃんと、しっかり叶と向き合うから…… だから叶も、俺の話を茶化さないで聞いてほしい。 叶に伝えたい事が、たくさんある。 ――ああ、神様、もし許されるなら、 俺を許してくれるなら、 どうか俺を、 叶の元へ…………

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