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第1―1話

その二人を見た時、高野政宗の胸に過ぎった言葉は『こんなところに来なきゃよかった』だった。 ここはアメリカンで小洒落たチェーン店のカフェじゃない。 高級果物専門店の直営店のカフェだ。 ここに来店するお客が目当てのフレッシュジュース…ではないただのアイスコーヒーでさえ1800円(税抜き)する。 別に高野だって好き好んでこんな高級カフェに入った訳ではない。 あと一歩で丸川書店というところで、胃の具合が悪くなり、胃薬を飲んで休憩するために泣く泣く入ったのだ。 この具合の悪さでエメラルド編集部に帰れば、部下で限りなく恋人に近い小野寺律に、何を言われるか分かったものではないからだ。 以前、小野寺が過労と風邪と栄養失調で倒れた際、高野から一方的に 『日に一度は必ず一緒に食事をすること』 を約束させたが、この半月程、もの凄く上手く逃げ続けられている。 それは高野が多忙を極めているせいもあったが、小野寺としては単純にラッキーだろう。 小野寺はその『幸運』を逃さない為にも、ここで高野が具合の悪いところを見せれば、「食事は無理ですね!」とまた逃げるのは目に見えている。 ここは体調を見た目だけでも整えて帰社したい。 高野は常備している胃薬を水で流し込むと、せっかくこのカフェに入ったんだからと、オススメのマンゴージュースをオーダーした。 胃薬が効くまでジュースといえども控えた方がいいと思って、バッグから読みかけのハードカバーを取り出した時だった。 ふと目に入った超美形の男。 ブックスまりもの雪名もまさに少女漫画から抜け出してきたような王子様顔だが、その雪名に勝るとも劣らない容貌だ。 しかも座っているだけで分かるスタイルの良さ。 たぶん身長は190近くあるだろう。 長すぎる足を優雅に組んでいる。 そしてその男を更に際立たせているのは、その男から放たれる洗練された雰囲気だ。 オーラと言ってもいい。 どう見ても一般人には見えない。 カフェの殆どの女性客のみならず男性客の目も釘づけた。 何となくその男の前に座っている小柄な男性を見て、高野は危うく立ち上がりそうになった。 あ、あれは…吉野さん!! 吉野の目の前の男は、タブレットを熱心に吉野に見せている。 吉野はその度に驚いたり、嬉しそうに笑ったりしている。 もの凄く親しそうだ。 高野は自分が編集長をしている『月刊エメラルド』の看板作家で、一千万部少女漫画家、吉川千春が吉野千秋という男だと知る数少ない人間の一人だ。 けれども吉野は人見知りで世間にも疎く、吉野の幼馴染みで編集担当の羽鳥芳雪が吉川千春の仕事のみならず吉野千秋のプライベートまで、一人でサポートを全てこなしている。 高野から見れば、吉野が頼んでというより、羽鳥が率先して保護者のごとく世間や他人から吉野を守り、吉野の世話を独り占めして喜んでやっているのはバレバレだ。 だが、羽鳥にはプライベートで見せているかもしれないが、吉野の正体を知っている高野にすら、あんな笑顔を向けられたことは無い。 吉野は頬を赤くして黒目がちの大きなタレ目気味の目で、その男を上目遣いで見つめている。 吉野は特に際立った美形だとか、超かわいい顔をしている訳では無い。 だが小さな真っ白な顔に、その印象的な黒い瞳と小さな鼻と口がバランス良く配置されていて、かわいらしく何より愛らしいのだ。 そして庇護欲や保護欲を掻き立てる頼りない雰囲気。 少年のような細い身体つき。 もし吉野に少しでも恋愛的な好意を持てば、坂を転がり落ちるように夢中になるだろう。 まあ、羽鳥が今までそういうヤツらを消してきたんだろうな… 高野はゾッとする考えを消すように、頭を軽く振る。 どうやら胃薬が効いてきたようだ。 マンゴージュースをゴクゴクと飲みながら、とにかくエメ編に戻ろうと思ってハタと気が付いた。 この店には出入口がひとつしかない。 入って来る時は、具合の悪さに周りを意識していなかったので何とも思わなかったが、店を出るには吉野と一緒にいる男の後ろを通らなければならない。 しかも吉野は通路が見える側のソファに座っている。 万が一、吉野さんに気付かれたら…? お互い気まずい思いをするのは必然だ。 だが、単なる友達や知り合いだったら…? 無難に挨拶を交わして終わるだろう。 けれど。 二人を見れば『単なる友達』でも『知り合い』でもないことは、どんな鈍感な人間にも分かるだろう。 高野は飲みかけのマンゴージュースを前に、ロココ調のテーブルに突っ伏し頭を抱えた。

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