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第4話・そしてさらに今に至る。
☆
会社から帰宅するなり三谷は今やショッピングカートを引き、七緒と皐月の後に続いている。どうやら子供に無関心といったわけではなさそうだ。いったい彼と皐月の間に何が起こったのか。しかし七緒は所詮赤の他人。尋ねていいものでもない。とは思うものの、七緒は困っている人を見過ごせない性分で、取引当日に遅刻してしまうこともしばしあり、先輩に怒られることはしょっちゅうだ。そんな自分が遣り手の若社長と一緒に買い物をすることになるなんてーー。
七緒はおかしな気分だった。
「……あ」
野菜売り場から三人は店内を見て回る。すると皐月が声を上げた。どうしたのかと視線の先を辿れば、そこは菓子売り場だ。色々なキャラクターの玩具が入った菓子が所狭しと陳列していた。
「これがいいの?」
ミニカーが入っている菓子を指差し、七緒がそっと尋ねてみる。しかし皐月は無言になり、顔を俯けてしまう。どうやら皐月は七緒たちに怒られると思ったらしい。
『怒らないから言ってみて』と優しく声を掛けてもやはり口を噤んだまま動かない。これはどうしたものかと困惑していると、三谷が件 の玩具が入った菓子をひょいと掴み上げ、カゴの中に入れた。
それを見た皐月の頬がほんのり赤く染まる。それから店内に流れる音楽に掻き消されるほどの小さな声で、「ありがとう」と言う。三谷の口元がほんの少し緩んだ気がしたのは気のせいだろうか。
いやしかし、皐月はこんなにも可愛いのだ。相手がどんな歪んだ心を持った大人でもきっとねじ伏せるに違いない。七緒は目の前にいる可愛らしい小さな天使の頭をひと撫ですると、夕飯の食材集めを続行するのだった。
こうして七緒たち一行は次々と夕飯に必要なものをカゴの中に入れていく。買い物を終えた頃には午後7時を回っていた。
さて、ここからが七緒の腕の見せどころだ。
「こんな物しか作れませんが」
食卓の上には七緒がつくったハンバーグやポテトサラダ。味噌汁が乗る。自慢ではないが料理の腕もなかなかだと自負している。七緒は15歳の時から母親と二人暮らしで家事手伝いをすることが多かった。夕食のひとつやふたつはお手の物だ。
皐月はフォークを持ち、神妙な面持ちで七緒に視線を向ける。七緒がにっこりと微笑み返せば、それを合図にポテトサラダを口に入れてくれた。そして次はハンバーグをーー。
小さな口のわりには大きな具をたくさん詰め込み頬張る様子が可愛い。どうやらこのメニューを気に入ってくれたらしい。
しかしいくら皐月が気に入ってくれていても、いつも豪華なものを食べている社長には流石に庶民の味覚は合わないだろう。またお小言を言うに違いない。そう決め込んでいた七緒だったが、彼の反応は違った。
「いや、美味い」
常にへの字に引き結ばれていた唇の口角が上がっている。社内では見たことのない表情がそこにあった。彼の柔らかな表情を見たとたん、七緒の胸が大きく高鳴った。
「こっ、今夜のおかずはまだありますんで、朝食や皐月くんのお弁当にもよかったらどうぞ」
(なに、これ)
言い返してやろうと思っていた七緒の思惑とは違い、自分が作成した手料理を黙々と食べてくれるその光景に戸惑ってしまう。自分の動揺を知られたくはないと、できるだけ素っ気ない態度をとるのに精一杯だった。
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