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第5話(前編)・どうせ僕はお人好しのバカですよっ!
☆
三谷から子守りを言い付けられて一ヶ月が経とうとしている。七緒は仕事帰りに保育園に寄って皐月を迎えに行き、三谷の家に帰宅してから食事をつくる。そんな日が続いていた。
当初と比べて皐月は次第に心を開いてくれるようになり、最近では七緒のことを『ななお兄ちゃん』と呼んで笑みさえもこぼしてくれるようになった。
「皐月は俺と真奈美 のーー別れた妻と俺との間にできた子だ」
陽光はまだ高い。三谷に社長室へ来るよう呼び出された七緒は、三谷と向き合うようにして二人掛け用のソファーに座る。
三谷は自分の身に起こった出来事をぽつりぽつりと七緒に打ち明けていった。
「そのことを知ったのは、君に子守りを命じた3間前のことだ。真奈美は俺に子供がいることを知らせず皐月を育てていたんだ。そして新しい男ができたとたん、皐月を押しつけきた」
「ーーーー」
なるほど。だから皐月は何をするにしても大人の顔色を窺って子供らしからぬ行動を取り、三谷に至っては社内に育児書を持ち込むまで読んでいたというわけだ。これでようやくすべての合点がいった。七緒は内心大きく頷いた。
常にエリートとして道を歩んできたに違いないこの社長がしかめっ面で育児書を見ている。その光景を想像するとなんだか可笑しい。可愛いとさえ思ってしまう。
「俺の両親は今海外にいて、頼れる状況ではなかった。皐月を俺一人でどう育てて良いのか判らず困っていたところに君の噂を耳にしたんだ。ーー失礼だとは思いながら家族構成などを調べさせて貰った。君が15の時に両親が離婚し、それ以来母親と二人暮らしだそうじゃないか。そして現在、母親が入院中だということも含めてーー。いやしかし、どんなに困っている状況だとはいえ、自分の立場を利用して君の弱みにつけ込んだことは申し訳なく思っている。すまない」
まさか社長自ら謝罪されるとは予想だにしていなかった七緒は驚く。しかしそれ以上に三谷が耳にした自分の噂についての方が気になった。
果たして三谷は自分の何についての噂を聞いたのか。
「あの、噂って?」
まさかとは思うが、会社としていかに役立たずであるかを社長は耳にしたのだろうか。
彼は会社の責任者だ。部下の七緒がいかに不出来なのかはもう知っているだろう。それでも、噂について尋ねたのは三谷には呆れられたくはないと思ったが故だ。
「…………」
何故自分は三谷に呆れられたくないと思ったのだろう。会社をクビになるのが怖いのか、それとももっと他に理由がーー。
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