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――だけど、夜鷹は死ななかった。 列車に手足を吹き飛ばされても、奇跡的に生きていた。 俺は、何事もなかった振りをして夜鷹の居る病院に駆けつけた。 夜鷹が目を覚ましたのは、事故から二日ほど経ってからだった。 意識不明の状態から奇跡的に回復した夜鷹は、全てに絶望していた。 まあそれも無理もない。 目覚めたら自分の手足がないのだ。 そんな状況におかれて平気で居られる方が異常だ。 「なんで……なんで俺がこんな目に……  こんなの嫌だ……嫌だよぉ……  返して……俺の腕を、足を……返してよ…………」 「…………夜鷹」 涙を流す夜鷹を見て、俺も一緒に泣いた。 俺が夜鷹をこんな目に遭わせた犯人なのに、泣くなんて馬鹿みたいだ。 そんなのはおかしい。 俺に泣く資格なんてない。 「俺、押されたんだよ……誰かに……」 「警察には言ったのか?」 「言ったよ……」 「早く犯人、見つかるといいな……」 「見つかったら殺して。  俺の代わりにお前が殺して。  俺はこんな身体になって、自分で復讐してやる事すらできない。  悔しいよ、悔しいよ……お前が俺の代わりに、ソイツを殺してくれよ」 「…………うん」 結局俺の犯行は、未だに明らかになっていない。 夜鷹がこの最悪な真実を知ったら、どんな反応をするのだろう。 俺を憎むだろうか。 俺に殺意を抱くだろうか。 この大きすぎる秘密を、明かすつもりは当然ながらない。 あるわけがない。明かしてはならない。 この残酷な真実は、墓場まで持って行く。 「はっ、あ、うぅ……」 「…………」 夜鷹が奇跡的に一命を取り留めた事は、正直言って想定外だった。 だけど、全てが俺の思い通りに転んだ。 俺は運が良い。ついている。 神様は俺の味方をしてくれた。 結果的に俺は、殺すよりも良い方法で、夜鷹の全てを手に入れる事ができたんだ。 夜鷹はもう何処へも行けない。 夜鷹は一人では何もできない。 こんな不完全な夜鷹を好きでいられるのは俺だけだ。 夜鷹には俺が必要だ。 夜鷹は俺なしでは生きていけない。 全てが俺の思い通りだ。 だから俺は、喜ぶべきなんだ。 ――なのに……どうして…… こんなに苦しくて、辛いんだろう……。 夜鷹が手に入って嬉しい筈なのに、今の生活は全て俺の望み通りなのに、 それなのに、俺の心はどんよりと沈んでいて、一向に晴れやしない。 腕と足のない夜鷹を見ると、胸がズキズキと痛み、悲しくなる。切なくなる。 幻肢痛にもがき苦しむ夜鷹を見ていられない。 夜鷹を痛みや苦しみから救えない自分の無力さに嫌気がさす。 夜鷹の思い描いていた輝かしい未来、それが全部台無しになってしまった事があまりにも辛い。 ――こんなの、おかしい。 全て俺がやった事なのに、俺が望んだ事なのに。 それなのに辛いなんて、矛盾している。 夜鷹に別れを告げられたあの時、あの瞬間に、 俺は人としての心を失った筈だ。 そうでなければ夜鷹を殺そうなんて考えは浮かばなかった筈だ。 俺はもう、良心も罪悪感も持ち合わせていない。 夜鷹の未来を奪った事を後悔なんてしていない。 しちゃいけない。 する資格はない。 人間として大切な物は、全て捨てた。全て失った。 それなのに、どうしてなのだろう。 「お、俺は…………」 「…………っ」 「こんなになってまで、生きていたくなかった……。  こんなに痛くて、苦しくてッ……一人じゃ何もできなくて……  惨めな思いをするくらいなら……一層の事、死んだほうが良かった……  なんで俺は、あの時、目を覚ましたんだろうね。  医者は運が良かったって言ったけど、そんなの嘘だ、逆だ。  俺は運が悪かったんだ  運悪く、死ねなかったんだよ……ッ」 「……ッ……助けて、燕」 「俺を、助けて……」 ――ああ、今日も、なくした筈の、心が痛い。

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