1 / 4
第1話
今から約千年前、人間が住む世界とは別に魔法使いの世界が存在していた。
魔法使いの世界には奏歌月種 という火・水・風・土・治癒・光・闇の七人の王様と指揮者…コンダクターという従者がいた。
奏歌月種は普通に魔法を使う魔法使いとは違い、歌を歌い強大な魔力を使う者達だった。
ある日真っ赤なワルプルギスの満月から涙のような雫が落ち、選ばれた魔法使いに種を植えたと言い伝えられているから人々は奏歌月種と呼んだ。
そして指揮者は剣を指揮棒のように振り戦い奏歌月種のサポートをしていたと言われていた。
指揮者もまた、選ばれた特別な存在だった。
魔法使い達を脅かす四獣が現れて、奏歌月種達が力を合わし四獣を倒し魔法使い達の世界に平和が訪れた。
幸せだった…あの時が来るまで…
それは突然だった。
奏歌月種の一人である闇の奏歌月種が裏切った。
魔法使い達の考えに嫌気がさして、奏歌月種や指揮者に絶望して…
闇の奏歌月種は他の闇属性の魔法使い達と共に魔法使いの世界を滅ぼした。
特に二度と現れないように指揮者は何度も何度も憎しみを込めて殺した。
そして魔法使いの世界は存在すら忘れられるほど人々の記憶からいなくなった。
それと同時に魔法使いは消えたと思われていた。
それから魔法使いの世界がなくなるのと同時に、人間の世界にも魔法使いが生まれ何度も転生を繰り返し奏歌月種は生まれた。
しかし指揮者は一度も生まれなかった。
指揮者がいない奏歌月種はあまりにも脆く弱く、闇の奏歌月種達に殺されていった。
もう指揮者は生まれない…奏歌月種達は絶望した。
そう……千年後である今までは…
ーーー
「…ごめん、別れよう」
突然の事で反応出来ず、飲んでいた缶コーヒーに口を付けながら固まっていた。
アレ…俺、なんかしたっけ?
確か今日は大事な話があると恋人に呼び出されて今、恋人の部屋にいる。
なんかいつもと違って思い詰めていた感じはしたけど、まさか別れ話だとは思わなかった。
俯いていて恋人の顔は見えないが、手が震えているから辛そうだ。
そんなに俺が嫌だという事か。
彼と付き合って一年半くらいか…長いようで短かったな。
初めて人を好きになり付き合って、それなりに愛し合っていると思ったが…もしかして彼は俺が男だからやっぱり嫌だったのか?
それとも他に好きな人が出来たのか?
考えても理由が分からない、本人から聞くしか…缶コーヒーを口から離しテーブルに置いた。
「理由、聞いていい?」
「…縛りたくないんだ、俺なんかと一緒に居てもきっと幸せになれない」
縛る?…別に束縛されてると感じる事はなかった。
プレイ?…SMプレイなんかした事ないぞ?
理由を聞いてもはっきりとは言わない、幸せってなんだ?
彼は優しいからな、もしかしたら俺が傷付く理由なのかもしれない。
これ以上彼を引き止めたら彼に嫌われてしまうかもしれない。
これ以上嫌われたくない…まだ愛しているから…
理由は分からないが、俺は彼と別れる事にした。
理由くらい知りたかったが俺が傷付く理由なら、俺も彼も傷付くかもしれない…俺にそんな趣味はない。
缶コーヒーと床に置いてあったカバンを持ち、立ち上がる。
「分かった、じゃあ…ね…」
「本当にごめん、別に嫌いになったわけじゃないんだ……ただ、霧夜を巻き込みたくなかったんだ」
巻き込む?なんか危ない事でもするつもりなのだろうか。
不安になったが、彼からしたら余計な心配なのかもしれない…だから俺に別れ話をしたんだと思う。
カバンのチャックを開けて鍵を取り出し、テーブルに置く。
これで俺はもう他人になる。
玄関に向かって足を向けると後ろから小さな声で「…ごめんね」と聞こえた。
俺は振り返る事なく彼の家のマンションを出た。
嫌いじゃないのに別れる理由がよく分からない。
彼は俺に嘘は付かない、だから嘘じゃないんだろうが…分からない。
俺はまだ彼以外と恋愛した事がないからだろうか。
彼と会ったのは昼間だったが、もう夕方だ。
空も道も俺も、全ての視界が薄いオレンジ色になる。
首に下げていたペンダントがYシャツのボタンに触れてカチンと無機質な音がする。
このペンダントは去年の誕生日に彼に貰ったものだ。
御守りだと言っていたな。
綺麗な青いサファイアのペンダント、高価そうだから返した方が良かったかな。
いや、それだと思い出までなかった事になりそうだから嫌だな。
俺は彼を初めての恋人としてずっと覚えてるだろう。
そう考えてため息を吐いた。
…いつまでも女々しく思っていても仕方ない、新しい恋でも探そう。
こんな平凡を愛してくれる人は彼以外そうそういないだろうけど…
もうすぐ中学の卒業式だ、彼がお祝いしてくれると前に言ってたがもうそれも叶わない。
一人寂しくケーキでも買うかな。
どうせ両親は仕事でいないだろうし…
夕方で住宅街だけど、商店街が近いからか部活帰りとか夕飯の買い物の奥様方とかで賑わう道の筈なのに人一人いない。
まぁ、こんな事はある時もあるかと大して気にしてなくていつもの道を歩く。
「見つけた、指揮者 」
なんか後ろから声がしたが、俺じゃないだろうと構わず歩き続けた。
正直あまり人付き合いがいい方ではなかったから友達はいないし俺に声を掛ける物好きなんかいないだろう。
勘違いして振り返ったらそれこそ恥ずかしくなってしまう。
常に無表情で顔には出ないが心の中では喜怒哀楽がちゃんとある。
普通の人なら両親でさえ分からない時があるくらい俺の感情は分かりにくいらしい。
唯一俺の気持ちを理解出来たのは元カレだけだった。
今はもう誰も分からないだろうな。
「何ボケーっとしてんだクソがっ!!」
そんな事を考えつつ何かが目の前を横切ったと思ったらいきなり頭を掴まれ下に押さえられたから足がガクッと曲がり地面に座り込んだ。
痛い、なんで俺…こんな暴力を受けているんだ?
未だに俺を押さえつけていて頭がギリギリ言ってるように感じて横目で暴力を振るう人物を見た。
どんな通り魔かと思ったら、金髪碧眼の超美形の女の子が此処にいたら間違いなく王子様と叫んだであろう青年がいた。
最近の通り魔は美形なのか、タチ悪いな。
無表情で男を見ると男は俺を睨むように見た。
「クソガキ、死にてぇのか?」
「俺、今貴方に頭を潰されそうなんですが」
「そうだな、ムカつくから俺が直々に殺してやる…ありがたく思え」
女の子は絶対に見た目に騙されるだろうな。
この人は見た目王子様、中身ヤクザだ。
…はぁ、今日は厄日なのかな?フラれたと思ったらヤクザに殺されるなんて…平凡人生の中で貴重な体験だと言われればそうだけど…
でももうちょっと楽しい体験が良かったな、こんなのドMも喜ばないよ。
あれ?そういえばなんか忘れてるような…
首を傾げて考える、そして前を見て思い出した。
「最後のお喋りは終わったか?さっさとその指揮者を渡せ」
「はぁ?お前頭沸いてんじゃねぇの?千年ぶりの指揮者を安々と渡すと思ってんのか?」
黒いフードを被ったいかにも怪しい男が俺達の前に立っていた。
いたのか…目立つんだか目立たないんだか分からない服装だから気付かなかった。
それにしても何の話をしてるんだ?俺には関係ないだろうけど…
そろそろ家に帰りたいなぁ…帰してくれるだろうか。
お互い睨み合う、俺は巻き込まれないように下を見て蟻の列を数えていた。
話し合いが終わったのか黒いフードの男はニヤリと笑った。
ともだちにシェアしよう!