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《逃避行 第Ⅰ章》瞬きの波②

昭和20年 春 ギラギラ蒼い火が燃える海 真っ逆さまに落ちた陽光が反射して、波間の光が照り返す。 遠く水平線では機銃を掻き鳴らすかの如く、潮騒が寄せては返し白波が踊っている。 俺は歩いている…… よりによって、こんな奴と! ミッドウェー海戦敗退 ガダルカナル島撤退 サイパン玉砕 マリアナ沖海戦惨敗 ラジオと新聞は日本大勝の誇大広告を報道しては、大手を振って連日大嘘をついている。 (東京が焼かれたんだぞ) 首都は焦土と化した。 たった2時間で10万の人命が焼夷弾に焼かれ、赤い夜の明けた帝都は、灰を被った焦げ臭い絶望色の焼け野原になった。 地方の大都市は空襲に(おび)え、戦々恐々としている。 海軍飛行場と航空機で軍需産業を担う、この横濱も例外ではない。 波音に舞った白い鳥を見上げた時、不意に腰を引き寄せられた。 (たくま)しい腕に。 「デートなんだから、俺を甘やかしてくれよ?」 何を寝惚けた事を。 ペシンッ 腰の手をはたくけれど、逆に強く手繰り寄せられて体が密着する。 「おいっ」 「いいだろ?」 昼間から人目もはばからず、寄り添って…… (何がいいんだ) 警官と反戦活動家が並んで、しかも肩を寄せ合い……気づけば手と手を恋人繋ぎで歩いているなんて状況は、絶対に宜しくない。 幸か不幸か 夜勤明けで、午後は非番だ。 勤務時間外ではあるものの…… 「お前も少しは自分の立場というものを」 「立場って、恋人だろ?」 ………何も言えない。 これは本当にデートなのだろうか? 埠頭に吹いた潮風が髪を梳いた。 デートとは、もっと甘くて胸がきゅうっと高鳴る……ものだと思ってた。 (胸がきゅうっとなるのに変わりはないけど) 昌彦への憧憬(しょうけい)じゃない。 繋いだ掌にじわりと汗が(にじ)んだ。 胸が痛い。 「誰なんだ?」 まんまと昌彦にさらわれる口実を作られた非番の午後 「着いてからの秘密な」 昌彦は教えてくれない。 会わせたい人がいる そんな事を伝えられて、気にならない訳がない。 昌彦を逮捕して連行した取調室で、告げられたが。 俺に会わせたい人って誰なんだ? 今更、両親なんて事はあるまい。 昌彦とは幼馴染みなんだし。 ………………婚約者 ふと、とりとめもない不安が胸を占めた。 所詮、俺達は男同士。社会的に認知される事はない。 昌彦も適齢期という奴だから、そういう相手がいてもおかしくない……よな。 紹介相手が婚約者だったら、悪意ある嫌がらせだ。 満面の笑みでおめでとうを言って、殴ってやろう。グーパンチで! 「今の内に歯を食い縛る練習しとけ」 「……湊?」 カモメが鳴いた空 甲高い悲鳴が潮騒を裂いた。 昌彦の手を振りほどき駆け出した。 埠頭に人だかりができている。 考えるよりも先に、体が動いた。 ザブァアーン 防波堤を蹴って、俺は海に飛び込んだ。

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