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《逃避行 第Ⅰ章》瞬きの波④
「初めまして。宇居 唯太 、9才です。昌彦がお世話になっています」
「唯、呼び捨てにすんな」
困り顔で、濡れた前髪を昌彦が掻き上げる。
「俺は……仁井田 湊。警官です」
「はい、昌彦から聞いてます」
にこりと笑うと、戸惑いがちに湊さんが微笑んだ。
「唯君…は、昌彦の子供?」
そっか。
さっきから湊さんは、この事を気にしてたんだ。
「……な訳ねーだろ」
フッと鼻を鳴らした昌彦の目は優しい。
「東京空襲で孤児になってな……たまたま俺が拾った」
「……ごめん」
湊さんは悪くないのに。
この時代、親を亡くして孤児になるなんて話、何にも珍しくない。
なのに湊さんは、しゅん……としてしまった。
「唯、ちゃんと拭け。髪濡れてんぞ」
防波堤から足を滑らせて、溺れた僕を助けようとした湊さんも溺れて、昌彦も海に飛び込んで……僕ら三人はびしょ濡れだ。
通行人のご婦人が親切に下さったタオルを昌彦に投げられて、僕は濡れた体を丁寧に拭いた。
「湊は俺が暖めてやるよ。風邪引かねーように♪」
上半身裸で、後ろ抱きにした湊さんの胸の突起を、きゅうっと昌彦が摘まんだ。
「ァっ」
小さく声を上げた湊さんの顔が赤い。
……僕、見ちゃいけなかったのかな?
防波堤の下
まだ冷たい春の海
誰もこんな所に人がいるなんて、思わないんだろうなぁ。
ザブン
打ち寄せた波が白い泡を残して消えた。
「湊、お願いがあるんだけど」
「分かってる。今夜は俺の部屋に来い。唯君も一緒に」
「ありがとな、俺の可愛い恋人 」
きゅうっともう片方の小さな胸の実、引っ掛かれて、ャアんっ……って。
湊さんが可愛らしい悲鳴を上げた。
気持ちいいのかな?
湊さん、恥ずかしそうに下向いてる。
「唯、拭いたら湊ん家 行くぞ。明日は早いから早寝しろ」
「お前達、どこか行くのか?」
「あぁ、湊も一緒にな」
約束したろ、逃避行
こうして
僕らはこの街で、束の間の小さな家族になりました。
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