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第1話
そっと手を伸ばして相手の弁当箱からおかずを抜き取ろうとすると、パシッと手の甲が叩かれた。
「俺の弁当に手を出すな」
四方を海に囲まれた小さな島国の一等地に立つ、近代的なオフィスビルの一室で、三田村彰彦 は同僚である杉本隆治 を上目遣いに睨んだ。
2人はこのオフィスで株式投資を行っている、所謂富裕層に属する人種だ。
金に困ることはない資産家の生まれでありながら、1日中ブラブラしているのもどうかと思い、会社を立ち上げている。
ゆえに真剣にビジネスに取り組んでいるとはとても言い難く、どちらかと言えば金持ちの道楽といったところだ。
そして昼休憩である今、杉本は彰彦の弁当の中から唐揚げを1ついただこうとした訳だが、失敗に終わった。
「いつもながら旨そうな弁当だよなぁ」
彩り豊かな彰彦の弁当箱を横目で覗く。
もっともこの弁当を作っているのは、彰彦ではなくその使用人である結城 マオであることを、杉本は知っていた。
「お前はいつも質素なランチだな」
言われると、杉本は肩を竦めながら「違いねぇ」と苦笑して見せた。
この国には、富裕層と貧困層がある。
彰彦や杉本が富裕層にあるのは先述の通りだが、富裕層は貧困層を救うべき立場にある。
義務ではないが、彰彦のように貧困層から使用人を雇い、労力に見合った賃金を支払うというのが一般的な救済方法だ。
「そういや、マオちゃんがお前のとこで働くようになって、もう何年になる?」
「5年だ」
「そっか……長いような、短いような……」
彰彦が結城マオを使用人として雇うと聞いた時、杉本は心の底から驚いた。
杉本以上に他人にも貧困層にも関心がなさそうな彰彦が、まさか使用人を雇うなどとは微塵も考えていなかったからだ。
ちなみに杉本は使用人を雇っていない。
家で変な気遣いを強いられるくらいなら、多少食事に問題があっても1人でいた方が気楽だという訳だ。
「杉本」
「あ?」
「プレゼントというのは、どのように渡すべきなのだろうな?」
これはまた、彰彦らしからぬ問いかけだ。
人付き合いが杉本以上に下手な彰彦に、プレゼントを贈りたい相手がいるということにも、びっくりしている。
「普通に渡せばいいんじゃね?例えば誕プレだったら『誕生日おめでとう』とか言ってさ」
「そういうものなのか?それで、本当に受け取ってもらえるのか?」
「受け取ってもらえるのかどうかは、お前次第じゃねーの?つーか、誰に上げんの?お前がプレゼントとか言い出すの、初めて聞いたわ」
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