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第35話
半年後──。
彰彦とマオは市内の教会へと出向いていた。
2人ともスーツ姿で、貸切にしてもらった教会内の教壇に並んで立つ。
参列者はいない。
2人だけで結婚式を挙げたいというのが彰彦の主張だったので、マオも特に逆らうことはなかった。
ステンドグラス越しに入ってくる陽光が、2人の手の上に幾何学的な光を作り上げている。
「マオ、これが俺の愛の証だ」
彰彦はオーダーメイドで作らせた結婚指輪を紫紺の台座から取り出すと、マオの左薬指にはめてやる。
マオも同じようにして、彰彦の左手を取り、指輪を通してやった。
「夢みたい……彰彦さんと結婚とか……」
マオの彰彦への言葉遣いは、彰彦が役3ヵ月かけてフランクなものへと変化させている。
だから今は敬語は使わなくなっているし、呼び方も「さん」付けになった。
「俺もだ。苦節5年……長かったなぁ……」
「ふふ、まだそのこと言うんだ?」
彰彦が過去4年分のマオへの誕生日プレゼントを受け取ってもらったのは、つい最近のことだった。
マオは「もう時効でしょう」と断るのだが、彰彦の方が「買った方の気持ちも考えてくれ」と泣きついて、全てもらってもらえている。
「言うよ。何度でも言ってやる……なぁ、マオ?お前、富裕層になったんだぞ?」
「なんか実感ないなぁ……俺は彰彦さんについていくって決めて、そうしたいって思った
から結婚して……あ、パスポートが作れるようになるかな」
「外国に行きたいのか?」
「そうじゃないよ」とマオは笑った。
以前彰彦の家を抜け出した時に、国外逃亡を考えたことがあり、その時に「貧困層はパスポートが作れないんだ」と痛感したことを暴露した。
「あの時は肝を冷やした。詩織がいてくれなかったら、お前は……」
「詩織さん、カッコよかったよ」
「だろうな。アイツはああ見えて凄腕の警官だからな。非常勤なのが残念だが」
だが詩織がいたからこそ、2人は今こうして静かに結婚式を挙げることができている。
「さあ、誓いのキスの時間だ。マオ、お前は俺に愛を捧げると誓うか?」
「誓うよ。彰彦さんは?」
「誓うに決まっているだろう」
2人の唇が重なる。
見る者全てを魅了するような美しい誓いのキスシーンだが、生憎見ているのは教会に飾られているイエスの像だけだ。
だがそれでいい。
自分達だけが相手を想う気持ちを持っていれば、愛は成り立つ。
この日、結城マオは三田村マオとなり、役所に届出を出して正式に富裕層の一員となった。
そしてこの日、2人は本物の愛を知ったのだった。
(終わり)
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