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第20話

 優斗を抱いた後に残るのは、虚しさだけだ。兄の代用の自分に、乾いた笑いが出る。  気を失った優斗を清め、病室に運んだ時には、すでに兄の姿はなく、日も暮れていた。  翔太は、病院からの帰り道、優斗のことを考えながら歩いていた。歩行者側の信号が赤なのにも関わらず、気づかずに横断歩道に足を踏み出す。 「危ない!!!」  危険を知らせる声と同時に、強い力で後ろへと引っ張られた。  目の前を乗用車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎて行く。 「大丈夫ですか?」  男子中学生が、頭一つ分低い位置から尋ねる。 「すみません。ぼーっとしていて。ありがとうございました」  円らな瞳で翔太を見つめる中学生は、良かったと目を細めた。 「秀英(しゅうえい)高校の制服ですよね! 僕、今受験生で、秀英を受験する予定なんです!」  中学校の制服を着ていたので、中学生だとは認識できていたが、まさか三年生だと思わず、面食らった。  恐らくベータの中学生は、嬉しそうに話を続ける。 「近所のお兄さんが凄いカッコ良くて、秀英で生徒会長やってて、一緒に通うのが夢なんです! ……じゃあ、僕はこれで失礼します」  ペコリと頭を下げると、翔太の返事を待たずに、夜の街へ走り去ってしまった。  それから一週間経ち、新生徒会の役員が発表され、生徒会室で顔合わせが行われた。  翔太以外は全員二年生で、肩身の狭い思いをしながら、一番出入口に近いパイプ椅子に腰を下ろした。  紘一は職員室に呼ばれていたといい、一番遅くに慌ただしく入室してきた。 「事前にお話していましたが、オメガの発情期の対応は生徒会で行います。それに伴い、専任の担当者を一人選出するよう、先生方から指示がありました。今から順番に自己紹介をしてもらいますので、立候補者は申し出てください」  会長、副会長と上座に着席している生徒から自己紹介が進み、最後に翔太に順番が回ってきた。オメガの発情対応の担当者を申し出るものは、皆無だった。  翔太は立ち上がり、簡単な自己紹介をすると、最後に一言だけ付け加えた。 「私には番がいます。なので、もし校内でオメガの匂いを感じた時は、私を一番先に呼んでください」  実質、専任の担当者になることを申し出た形だ。紘一以外の生徒がざわめいた。 「番がいるって、ヤバいんじゃ……」 「退学とかになるんじゃねぇの?」 「一年なのにマジかよ」 「会長、こんなやつ生徒会に入れて大丈夫なんですか?」  あちらこちらから批判が聞こえる中、紘一がパイプ椅子から立ち上がり、場をおさめるために手を叩いた。 「ここで見聞きしたことは、全て関係者外秘とします。もし、他で話した場合、それなりのペナルティーを与えますので、くれぐれもご注意ください」  紘一の一言で、水を打ったように静まり返った。 「…………佐久間、頼めるか」  紘一の依頼に、翔太は二つ返事で応えた。

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