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第21話 -優斗編-
母校の秀英高校には、色んなジンクスがあった。
その一つ。文化祭のジンクスは、文化祭の期間中にカップルになった二人は、永遠に結ばれるというもの。
高校三年の文化祭に、治也が告白したのは優斗だった。
「優斗、俺と付き合って欲しい」
文化祭一日目の夕刻。
夕日が教室に差し込み、逆光で治也の表情は確認出来なかった。
優斗が小さく頷くと、筋肉質な腕で、強く抱きしめられた。
「幸せにする。優斗」
そう耳元で呟いた治也の声を、今でも昨日のことのように、鮮明に覚えている。
遠くで目覚まし時計が鳴っている。やがてそれは人の手で止められた。意識が浮上してくると、自分が涙を流していることに気づいた。
「優、起きてるか……?」
部屋の扉がノックされた。涙をパジャマで拭うと、ベッドから身を起こし、扉まで急ぐ。
「ごめん。まだ寝てた……」
少し扉を開き、この家の住人である本城に返事をする。
優斗の顔に涙の跡を見つけ、本城が困ったように眉を下げる。入院した翌日には退院許可が下り、そのまま自宅に帰ろうとした優斗を引き止めたのは本城だ。
「恋人のこと、そう簡単に忘れられるわけないか……」
「ごめんね、いっちゃん……。心配ばかりかけて」
涙で濡れた長い睫毛を、申し訳なさそうに伏せる。
優斗は治也に何度となく別れる、と伝えているが、治也はそれを了承してくれない。治也の真剣な眼差しに、根負けするのはいつも優斗だ。
一週間の半分は優斗のマンションに来る治也を、追い出すわけにもいかず、距離を置いた方がいい、と本城が空いている部屋に住まわせてくれている。
「オレに気を使うな。兄弟みたいなもんだろ?」
本城は優斗の頭を撫でると、朝ご飯にしよう、と優斗を促した。
「今日は、高校の文化祭なんだって?」
味噌汁を啜りながら、本城が切り出す。
「うん。仕事に行く前にちょっとだけ見に行こうかなと思ってる」
「そうか。辛くないか?」
優斗が文化祭には思い入れがあることを、本城は知っている。母校の文化祭なら尚更だ。
「大丈夫だよ。ほんのちょっと見るだけだから」
今朝の夢は、昨夜翔太から文化祭の誘いを受けたからかもしれない。来年の文化祭は生徒会でゆっくり出来ないから、良かったら……と控え目に誘ってくれたのに、仕事があるから行けない、と断ってしまった。
もし翔太に偶然会ったら、心に燻る小さい罪悪感が少し晴れるかもしれないと、淡い期待を抱きつつ、学校へ向かった。
秀英高校はアルファもベータもオメガも分け隔てなく通える高校にも関わらず、都内の高校の中では、成績はトップクラスを誇る。
高校に来るのは、約六年前に卒業して以来だ。
入場ゲートを潜ると、活気のある屋台が立ち並び、大勢の人が押し寄せていた。
こんな状態のところで、偶然翔太に会うのは無理だと諦めかけたその時、近くで翔太の声が聞こえた。
「この間はありがとう………………私が案内しますよ」
騒音でかき消されて、聞こえたのはそれだけだった。
翔太は笑顔で、とても可愛らしい男の子を連れていた。
優斗が一度も見たことがない表情だった。
ずっと自分は被害者だと思っていた。恋人と番になることも出来ず、別れなくてはいけなくなった。けれど、翔太も他の人と番になることが出来なくなったのは同じだ。
男の子は嬉しそうに、翔太の隣を歩いていた。
--それは誰?
どす黒い感情が、優斗を襲った。
立ち尽くす優斗に、獲物を仕留めるような視線を送っていた人物がいた。
「番のいるオメガちゃん、みっーけ」
赤い口紅で彩られた唇の端を歪めて笑った。
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