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第1話

『ヤツが決して断れない申し出をする。』  都心からは少し離れた映画館で上映されている、20世紀を代表する名作のゴッドファーザー。  亘理譲(わたりゆずる)は往年のマーロン・ブランドの科白を日本語でもう1度、噛み締めながら、スクリーンではなく、右隣の席に座る恋人を見た。  始まりはつい1ヶ月前ぐらいの事だった。  亘理はこの春から大学へ進学する事になり、実家でスーパーマーケットを経営している父母を残して、上京したばかりだった。 「さて、買い物に行くか」  亘理はそれまで寝そべっていたベッドを壊れない程度に軋ませて、床へ降りた。  一人暮らしなので、誰に知らせる訳ではないが、声を出していないといざ、誰かと話すという時に話せなくなってしまうのではないかという気さえする。  だからか、亘理は半ば、独り言のようにこれからする行動を口にしていた。 「そういえば、今日、焼きそばが届いていたな」  亘理は洗面所へ向かう途中で玄関先に置きっぱなしにしたダンボールに目をやる。いかにも業務用のその箱一杯には焼きそば用のレモンイエローの麺が敷き詰められている。  おそらく、仕事場で陳列する商品の一部の宛先をこの部屋にしたのだろう、と亘理は思った。  過保護と言えば、過保護ではある。ただ、家を離れ、ギリギリの学生生活をする亘理にとっては助かったし、嬉しかった。 「でも、今度はパスタか、うどんが良いかな」  焼きそばは亘理の好物の1つだが、そればかりを食べられないと苦笑いをし、洗面台の前に立った。歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりつけ、上奥歯へあてる。それから、ブラシの毛先を勢いよく歯の前で左から右、上から下へと移動させる。 「今日はご飯は炊かなくていっか」  一通り、口の中を掃除すると、歯ブラシを洗い、投げるようにカップの中へ入れる。そして、口の中にある歯磨き粉と唾液の混じった液体を吐き出し、口の中を冷水で数回漱ぐ。 「うはぁ」  今度はその冷水で顔もよく洗った。  全体的に亘理の肌質は肌理が細かく、白亜のような白さを称えていた。ただ、頬は少し赤くなっているのは少し強く顔を洗いすぎているからだろうか。  ワンルームの簡素な洗面台には頬が少し赤い、大学生の男にしては童顔に見える亘理が映っていた。 「キャベツに豚肉。ニンジンは……あるし、ソースと塩コショウもあるっと」  亘理はスマホのメールを使って、本日、買ってくるものを打ち込んでいく。  食器用の洗剤に、明日の朝に食べるパンも買わないといけない。 「今日は雨は降りそうにないな。洗濯はこのままで良いか……」  帰ってきたら、乾いているだろう洗濯物を取り込んで、休憩する。その休憩が終わったら、先程も思ったように焼きそばを作って……と、このように何かと1人でやらないといけない事は多々あるが、やはり、亘理にとって初めてになる1人暮らしは楽しかった。  そんないつもと変わらない日。  その日が亘理と恋人と出会った、最初の日だった。

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