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第2話
平日のこの時間はスーパーマーケットに来る客は少ない。亘理と店員を入れても10人いるか、どうかという人数だった。
そんな訳で、レジで足止めをされる事もなく、亘理は買ったものをレジで渡されたポリオレフィンでできた袋に詰める。
滞る事のないいつもの動作だった。
あとは、自分が住んでいるワンルームに帰り、1人分の洗濯物を片づけて、1人分の夕食作りをすれば、本当にいつもと同じ行動だった。
「ちょっと、貴方!」
亘理の実家のスーパーマーケットよりも少し小さく、あまり大きくない店内。
突然、亘理の耳へ飛び込んできたのはそのマーケット中に聞こえるのではないかという大きな声だった。
亘理がその声の方を振り返ってみると、1人のおばさんと新米の店員らしいエプロン姿の女の子がいた。
そして、その向かいには青筋を立てた彼女に「貴方」と呼ばれた男がいた。
「……」
「黙ってないで、何とか言いなさいよ!」
そのおばさんの言葉が店内へ響いた後、亘理はその3人の輪の中に入っていた。
「どうされたんですか?」
「どうしたかですって! この人、私のぶつかっておきながら、すみませんの一言もないのよ! 全く、最近の子はどうして……」
亘理の質問におばさんの訴えは白熱していく。彼女の言い分を要約すると、亘理の隣に立っている男がぶつかってきたのに謝罪もなしで……というものだった。
確かに、亘理の右隣に立つ男は何も言わない。
彼は小柄な亘理よりも頭2つ分程、背が高く、正しく表情を窺い知る事はできない。
しかし、この声に凄みのきいたおばさんを疎んでいるとか、また、この事態に舌打ちをしているとかという事ではなく、どのような発言や素振りを見せたら良いか。それが分からないような状態のように亘理には思えた。
「そうだったんですか。お怪我はありませんでしたか?」
亘理は少し眉を下げる以外は口元を綻ばせ、少し上歯を見せた笑顔のまま尋ねた。
正直なところ、亘理にはこの男に謝罪するように促す事もできた。
ただ、この手の客はもはや、謝るという事だけでは引き下がってくれないだろう、と亘理の考えは辿り着いていた。謝れと言われて、そのまま謝ってしまったら、先程は何故、謝らなかったのかと説明を求められる。この事でも謝れといった風に話は終わらない。
それならば、怪我の有無や損失の詳細などを1つ聞いてやる方がはるかに心を許す事を亘理は父母の経営するスーパーマーケットで人生の教訓的に学んでいた。
「ええ。怪我はないわ。というか、貴方、気がきくわね。その店員の子にも言ったのに、ちっとも話を聞いてくれなくて……若い子なんてって思っていたけど……」
「ありがとうございます。褒めていただいたついでに今回の事は……」
そして、これも亘理が生きていく上で教訓的に学んだ事、人の気持ちとタイミングは逃がさない。
一気にこの不毛ないざこざを終わらせる。
「ええ、今回は貴方の顔を立ててということにしておいてあげる」
それから、おばさんは淡いピンクの花びらを連れた春風のようにその場を去っていった。
去った後は上手く仲裁ができなかった店員の女の子もフォローする。元々、スーパーマーケットの研修で商品の位置やレジの仕方、声の出し方などを習っていても、即座に、しかも、穏便に対応する事は責任者クラスになっても難しい。
対人間なのだから、しっかりとフォローして、また頑張れるようにする方が今後、人材としても伸びる、と亘理は無意識的に考えていた。
「出すぎた事をしてしました。じゃあ、僕はこれで」
最後に亘理は彼にも声をかける。
彼……亘理はその時に初めて、おばさんに絡まれていた男の顔を見た。鼻がすらりと高くて、目力のある男前の顔をしていた。
もし、自分もこんな顔だったらと……童顔の亘理は思った。
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