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第3話
「本当に来てしまったけど、大丈夫か……」
亘理は窓ガラスが全部見事に割れ、使い物になっていない1階が印象的な3階立ての建物の前に立っていた。
あの時、亘理がおばさんの怒りを静めた時に傍にいた男は黒木というらしい。黒木の話によると、彼はあのスーパーマーケットのある通りから2本南へ向かう通りで「黒木屋」という美容室を開いているとの事だった。
黒木が美容師だと聞いた時、亘理は少なからず驚いた。
亘理の偏見だと思われても、美容師というのなら、男でも繊細そうな感じがする。外見も内面もアーティストのように独創的でかっこいい感じだったからだ。
また、笑顔が眩しくて、機知に富んだ会話も様になっている感じがしていたのだ。
「嬉しかったです! どうしようか、困っていたもんで」
爽やかな海風に靡くようなワイルドめのツイストパーマで仕上げているアッシュブラウンの短髪。それに、ピンストライプが美しいクラシコイタリアのグレーパンツと程よい甘さのあるベージュのネクタイ。
体躯こそは繊細で痩せてはいるが、筋肉がついていない訳ではないのか、身長のある黒木を余計に大柄に見せる。
そんな外見を思うと、丁寧な口調、優しい声ではあるが、亘理が思い描いていた美容師像とはかけ離れている。
亘理はその美容師、理容師よりも「何か」に似ている感じはしたが、その「何か」が思い出せない。見上げるように見た自分自身よりも頭2つ、背の高い黒木は目を輝かせていた。その事が鼻は抜けるように高く、鋭い眼光を放つ顔立ちの男をまるで、純粋な少年のようにも見せる。
「良かったら、俺の店に来てください」
カットでも、パーマでも、俺にできる事は今後一切全て無料でさせていただきます、と黒木が丁重につけ加えるのには亘理もさすがにたじろぐ。元々、亘理がおせっかいに近い形で物事を片づけただけだったし、亘理自身はみんなが気持ち良く買い物をしたり、仕事をしたりできれば、と思っただけだった。
それに何より、任侠か極道の世界のようで恐い。
「良いです、良いです! 俺が勝手にやった事なんで……」
先程、亘理は黒木に対して美容師よりも何かに似ていると思ったが、まるで、忠誠を誓った組の頭を慕う男のようだった。
だからか、次の黒木の言葉もそれに似合っているもので……。
「そんな事、おっしゃらずに!」
まっすぐな、亘理にとってはまっすぐすぎる視線と態度に。亘理はつい、「はい」と答えてしまった。
「では、お待ちしております!」
亘理は黒木から美容室までの地図だと言われ、名刺程のサイズをした墨色のカードまで受け取る。亘理の細い指先がカードの表面を撫でると、紙面は吹きつけをしたようなざわざわ感があり、触り心地の良さと気のまずさがあった。
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