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第37話
施術を終えると、黒木は亘理の身体を覆っていたカットクロスを手早く仕舞い、黒木を意識しすぎないように気を張っていた亘理を店先まで送る。
黒木の優しげなアッシュブラウンと比べて、亘理の髪はアッシュグリーンをあまり女性的にならないように、甘くならないように染められた。亘理の白亜のような肌の白さを生かしつつも、パーマは亘理の気にしていた童顔をカバーしていた。
勿論、黒木がしてくれた今回のカラーリングの仕上がりにムラがないのは言うまでもなく、その黒木の見込みや手つきにも亘理は満足だったのだが……。
「ああ、失敗しました!」
「え? 凄く素敵だと思いますけど……」
思いがけない黒木の言葉に、亘理は自分で自分を素敵と言ってしまって、変だと感じつつも、黒木のカラーリングの腕前を褒めちぎる。
ただ、黒木の思惑は別のところにあったようだ。
「いえ、貴方を素敵にできたのはとても嬉しいんですけど、これだと貴方を好きになる人間が増える気がして」
「え……」
「今まで、理美容師の技術も知識もまだまだだと思っていたんですけど、亘理さんを素敵にしすぎる自分が初めて憎いと思って……」
「黒木さん……」
黒木の名前を口にしながら、少し大袈裟だと思う亘理だったが、今まで、美容師として最高の腕を求めていただろう黒木が言うのはかっこいい、とも思った。
しかも、実際に黒木の思惑がはずれる事はなかった。
「あの、すみません」
「えーと、俺ですか?」
それはここ何日かの事。
亘理は大学や駅などで追いかけられて、呼び留められる事が数回あった。単に、呼び留められるのであれば、以前もあった事なのだが……。
「はい。突然なんですけど、つき合ってる人とかいますか?」
おそらく、それは世間で言うところのおつきあいしてくださいというヤツではないだろうか、と亘理は思った。
他にもがら空きの人気のない講義にも関わらず、敢えて、亘理の隣に座ってこようとする2回生の先輩や駅構内でやたらと後ろをついてくる真面目そうなサラリーマン風の男性などもいて、亘理は戸惑っていた。
実際に、今も亘理の方を2人連れの女性や1人で珈琲を飲んでいる男性が見つめている。特に、珈琲を飲んでいる方の男は新聞に目を遣ったり、スマートフォンを弄ったりしながら、何気なさを演出していた。
そんなカフェの場景の中、亘理が大好きな男(ひと)の声が聞こえてくる。
「亘理さんっ!」
その声はお待たせしました、と続き、亘理を連れ立って、店内へと出ていく。
亘理を連れ立って、店内を出ていた男。
それは亘理よりも頭2つ分ほど背の高く、その鼻も抜けるように高い、鋭い眼光を放つ顔立ちの男だった。
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