36 / 37

第36話

「受け入られないのなら諦める。今時のヤツはそんな風に誰かを愛するが、あれはそんな愛し方ができるタマじゃない」  これは数日前、亘理が李から言われた言葉だった。  自分では別段、そのようには思っていなかったが、人に対して臆病だったのではないだろうか。  亘理は待ち合わせのカフェの席で1人、思っていた。  人とのいざこざを極端に避けたいと思うのも、相手の幸せを願うのも、人としては美徳ではあるが、自分を愛してもらう目的でするにはあまりに臆病な事だ。そんな断定では片づけられないが、確実に亘理は心のどこかで恐れていた。 『すみません。今、駅前のパン屋の辺りです』  亘理の受けていた本日最後の講義が突然、休講となってしまい、先程、亘理は黒木のスマートフォンにメッセージを送ったばかりだった。  電車にはかれこれ5年近く乗っていないという黒木は早めに黒木屋を出たものの、増設された駅前口や新しく立ち並んだ店に戸惑っただろう、亘理は思った。 「どうしましょう。俺、大学が終わったら、ここまで迎えに行きますけど……」  亘理は黒木屋に一脚しかない美容椅子にかけながら黒木に話す。  以前、黒木と約束していたカラーリングをしてもらっている時の事だった。意識をしすぎないようにしているものの、亘理は黒木が髪や地肌に触れる度に気が気ではない。 「いえ、大丈夫です。映画を見にいかれるのでしたら、ここに帰ってくるよりは大学からの方が近いですよね」  映画を見にいく。ちょうど、今、隣の区の町から離れている小さな映画館では館長のお気に入りという事で、今でもマフィアならこれというあの映画が上映されているらしい。 「ドンが……ってすみません」  黒木が慶喜氏の事を口外するのをやめると、亘理は良いですよ、と返す。  確かにあの時、黒木に告げたように慶喜氏の事を口にされるのが恐くなくなったと言えば、嘘になる。  しかし、今の亘理には黒木の言葉がある。  それに、慶喜氏の事を語っている時の彼は嫉妬もするが、鋭さのあるその目が鏡越しに少しだけ優しく見えるのが亘理は好きだった。 「ドンが好きだった映画なんです。ただ……初めて見た時は自分は幼くて、理解ができなかったんですけど……」  貴方と一緒に見れば、絶対好きになれる、と黒木が目を輝かせると、亘理は断る事はできない。  いや、亘理の頭に断るという選択肢はなかった。 「俺は構わないですけど、黒木さんはまた見ても、つまらないかも知れないのに?」 「ええ、でも、それで良いんです。貴方と見る……それが一番大事なことですから」

ともだちにシェアしよう!