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第1話

 魔王は悪ってのが、僕、藤枝 弦(ふじえだ げん)が読んだ事のある本の大半の内容で――そんな先入観を持ったまま、異世界にトリップしてしまった所為か、勇者として召喚された時、僕は、魔王討伐に意気込んた。勿論、かなり驚きはしたけど、家庭環境に恵まれなかった所為で元の世界にさほど未練はないし、必要とされるなら頑張ろうと思ったんだ。  でも、そんな決意を維持出来たのは、魔王城の前に立つまでだった。  いざ行かん! と、意気込んで一歩前に出た瞬間、漆黒の髪をした超絶美形な男が眼前にって立っていたのだから。 「待っていたぞ……! 我の愛し子!」 「え……? え……!?」  そんな言葉と共に抱きしめられた僕は、間抜けな声を上げるしか出来なかった。しかも、何とかその腕の中から身体を捻る様にして振り返れば、僕と共にこの魔王討伐の旅をしてくれた三人の姿はなかった。恐らく、この抱きついて来ている人物が、何処かに飛ばしてしまったんだとは思うんだけど――何で僕だけ捕まってるの!! 誰か僕に、この状況を説明してくれる人はいませんか……? 「――悪いけど、僕には信用しかねる内容でしかない……」  確かに説明を求めたけど、受け入れられるかどうかは、別問題な訳で――僕の答えはそれだった。だって色々と理解の範疇を超えていた。  抱き締められた身体からひしひしと感じる魔力からも、黒を身に纏っている所からも、余程高位の魔族だと言う事は理解していたけど、まさか、この目の前の人外美形が魔王本人だったなんて。  その上、僕を召喚したのは、僕に最低限ここで生きて行くのに必要な教養と、供を三人つけて送り出してくれた聖羅国ではなく、魔王自身だと言うし。 「ならばどうすれば信用してくれるのだ? 我はゲンに信用されないのは辛い」 「あの、そもそも何で僕の名前を知ってる訳……?」  僕はまだ名乗ってもないのに。 「我は、ゲンの事をずっと見ていたのだ。元の世界で生き難そうにしていた事を。それ故に両親の愛を十分に受ける事が出来ていない事を」 「――信用出来るかどうかは、もっと話を聞いてからでもいい? まずは、僕は貴方の名前を聞きたいな」  向こうでの僕の状況まで知っていると匂わせながら、真摯に訴えてくる魔王に、話を聞いてみる価値はある気がして、そう言ったんだけど――それだけで魔王は花が綻ぶと言う表現がぴったりな程、素敵な笑みを浮かべて頷いた。 「勿論だとも。我の名はイシュルヴァ。イシュルヴァ・レノバルク・ラドル――」  この後にも長々と名前が続いていたけど、僕の耳はそれ以降を聞き取る事を拒否した。 「えっと、呼び方はイシュルヴァ……いや、イシュって呼んでいい?」  ふとした瞬間に噛みそうで、そんな愛称を提案してみたんだけど―― 「ああ、是非ともそう呼んでくれ。その愛称はゲンがつけてくれたのだから、今後もその愛称はゲンにしか呼ばせない……!」  そんな大げさな! 「あのさ、イシュ、とりあえず、この体勢をどうにかしません……?」  凄く今更な気がしなくもないが、魔王城の門前で半分抱きつかれた様な状態のまま、これ以上話する様な内容でもないし、仕切り直しを提案した。話、長くなりそうだから。  ここまで甘んじてこの体勢受けたんだし、言っても許されるよね?

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