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第5話
……最悪だ。恥ずかしさのあまり思考が上手く機能せず、狼狽してしまう。とにかく、この身体の昂りを外に追いやるためにも、悔しいが観念することにした。
「……ちゃんとしたパーティーだって言っても、どうせ今夜も言い寄られたんだろ」
「……あぁ、うん。そうだねぇ」
ショーンの正直な返答にむかっとしないこともなかったが、疚しさや後ろめたさがないという証左だと思い直し、努めて気持ちを落ち着ける。こちらが口を開く前に、ショーンが続けた。
「でもちゃんと、夫がいるって言って断ったから、心配しないで」
ポールは黙って身体を拭き始めた。……分かっている。この人はとても誠実で、一途に僕のことを想ってくれている。ちゃんと信じている。けれどもやっぱり、この人に媚びる奴らには嫌悪感を覚えてしまう。仕事で疲れきっているせいもあってか、普段以上に気が立ってしまい、子どものように拗ねてしまうのだった。
「……貴方を監禁したい」
「え、何? どうしたの?」
やや驚きを含んだ声で、ショーンは訊いてきた。「それって、俺を独り占めしたいってこと?」
「そうだ。他の奴らが貴方に寄り付かないように、この家に貴方を閉じ込めてしまいたい」
酷いことを言ってしまったと、すぐに後悔した。一度口にしたものを揉み消すことなどできないと分かっていても、慌てて取り繕ろうとした。
「……嘘、ごめん。今日は疲れて、どうかしてるみたいで、その……ごめん、忘れてく――」
声がひゅっと、喉奥に戻っていく。足もとにバスタオルが落ちたが、身体が石のように固まってしまい、拾うことができなかった。
蔦のようにべったりと絡みつき、締めつけられるように背後から抱擁され、心臓が震え、大きく忙しなく鼓動し始め、身体や顔がより一層熱くなる。吐き出した鼻息はよれよれで何とも情けなく、搾り出した声も上擦っており、ひどく動揺しているのが丸出しで恥ずかしかった。
「ちょっと……濡れるって」
「いいよ、そんなの」
「でも――」
「嬉しいよ」
耳元で熱い吐息と共に甘い声が吹きかけられ、身体の芯がじんと痺れた。……ひどい。そんな風に言われたら、つい露出してしまった醜い感情を肯定されたら、僕は嫌でも優越感に浸ってしまう。嫌な奴から、もっと嫌な奴になってしまう……。
「パーティーとか、人が集まってわいわいする場所は好きだし、今夜は製薬会社や医療器具の会社の人とのコネクションができたし、有意義な時間だったけど」
ショーンはそこまで言った後、身を縮こませていたポールをさらにぎゅうっと抱きしめた。
「……けど?」ポールはか細い声で訊いた。
「うん……まぁ、仕事の一環だし楽しいだけじゃないからね。あくまでビジネスライクに、でないと周囲から癒着を疑われかねないし、レディ達をかわすのも結構大変だし、すごく疲れたよ。だからこうして、君から元気もらって癒されて、拗ねてる君もかわいいなって思って」
「う……、そういうのいいから」
「もっと言おうか?」
「いやだ、言わなくていい」
やだやだと身じろいでしまったが、内心、すごく嬉しかった。好きな人からそんな風に言われて、何も思わない方がどうかしている。と思いながらも、至極単純な自分に嫌気がさすというか呆れていた。……とにかく自分は、この人に甘いし、とことん惚れてしまっている。仕方ない。こればかりはもう、どうしようもないのだ。
「こんなに安らげるのは、君といる時だけだよ」
追い討ちをかけるように、ショーンがぼそりと、とびきり甘えた声でトドメを刺してきた。……あぁ、もう。ずるい。ずるすぎる。この人は誰からも好かれる人柄だけど、ダメなところだってたくさんある。帰宅の連絡はしないし、使った物を元の場所に戻さないし、柔和に見せかけて強引だし頑固だし、案外打たれ弱いし内省的だ。それに仕事に対する理想が高いあまり、真っ直ぐすぎて怖いと感じる時があるし……。
けれども僕は、この人が好きで好きでたまらない。かっこいいけど可愛くて、苦しいくらいに愛しい。そんなこの人に誰よりも大切に想われ、心の拠り所にされているのが、どうしようもないほどに幸福で、鼻の奥がツンとしてくる。
ショーンが連絡をよこさないとか、女にも男にもアピールされているとか、自分が嫌な男だとか、ごちゃごちゃと考えているのが馬鹿らしくなってきた。ポールはショーンの腕を解き、身体をぐるんと反転させ、彼と向き合った。照れ隠しのためにぶすっとした表情になってしまうも、どうせ顔は紅潮しているだろう。何でもいい。おもむろにショーンの首に腕を絡ませれば、彼の締まりのない笑顔が近づいてきた。
「……明日も、朝早いから」
「うん、何もしないよ」
「何もしないのか?」
「して欲しいの?」
もっと、少しでも彼を癒すことができたらと思ったからこうしたのに、何で焦らされてるんだろう。悔しかったので、回した腕でショーンの両頬を抓れば、彼の顔が途端に歪んだ。それを間近で見たことで、我ながら安い男だと思い苦笑しながらもおおいに満足した。こちらからキスを仕掛ければ、ショーンはすぐに舌を出し、ポールの口腔をまさぐってきた。
ジャケットやベスト、ネクタイがバサバサと乱雑に床に落ちていく。整髪料でまとめられたショーンの髪をぐしゃぐしゃにし、彼の下唇をれろれろと舐めながら、ポールは吐息まじりにささめいた。
「……スーツ、すごく似合ってた」
「ふふ、本当?」
「うん、格好良かった」
今更だと思いつつ、素直に伝える。面映さのあまり脳や顔が茹だりそうだったが、うっすらと目を開いてショーンの碧眼を見つめた。彼は極上の微笑みを目元を滲ませると、ポールの身体を優しく愛撫し始める。腰のあたりから生まれた淡い快感に息を乱しながらも、ポールは身を委ねるようにやんわりと瞑目した。
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