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ふたりと未来

 平日の午後、遊歩道に面した大きなガラス窓から夕陽が反射してカフェの中は暖かなオレンジ色に包まれていた。  茅葺の短く切られた髪がそのせいでいつも以上に明るく映る。  カフェの少し先に女子大学があるせいか、店内は女子学生の客が半分以上といったところだ。  常連と言っても過言ではない彼女たちが、世間的にはイケメンで通っている茅葺の事を知らないはずもなく、こちらは相手の事を知らなくても向こうは茅葺を知っている、なんてことはザラだった。 「お待たせ致しました」  絵に描いたような笑顔で茅葺はソーサーごとティーカップをテーブルへ運んだ。  誰かさんがその顔を見たら、なんて胡散臭い笑顔なんだと鼻を摘んで露骨に嫌な顔をして見せただろう。  だが彼女たちは偽物だろうが何だろうが他人のイケメンに悪害はない。偽物でもないよりは良いのだ。  待ってましたと言わんばかりに彼女たちは沸き立った。 「龍さんて〜、彼女いるんですかー?」    何度も同じ質問を別の人物からされては、何度も同じ答えを茅葺はからりとした笑顔で返す。 「いないですよ。いるのは彼氏です」  にっこりとそう答えられ、彼女たちの口はポカンと開いたままだ。 「ごゆっくりどうぞ」と茅葺は会釈してテーブルを離れた。  それを見ていた同僚たちは「またか」と言った顔だ。  茅葺は今のバイト先で、自分の恋人が同性であることを一度たりとも隠したことはなかった。  それくらい茅葺にとって他人の思想や視線など、どうでも良かったのだ。  あまりにも清々しく言ってのけるのでそれを揶揄うよな野暮な同僚もここにはいなかった。  しかし、それは実際、どんな風貌の相手なのか気になるというのが、周りの本音だった。  だが茅葺は写真は愚か、名前も歳も何一つ誰にも教えることはなかった。 「見せたら減るんで」と茅葺は真剣な顔で毎回答えるので店の人間も馬鹿らしくなり、いい加減詮索するのをやめた。  茅葺の薬指が指輪焼けしているのを見て、その恋人と付き合ってもう長いのだなと、多くの外野たちは内心コッソリと想像するだけだった。 「ただいま〜」 「おかえりーっ」  読んでいた小説に栞を挟んで茅葺は玄関の恋人を迎えに立ち上がる。  だが、恋人は先に小走りで部屋にやって来て、すぐに茅葺に飛び付いた。立ち上がったばかりだったので茅葺は思わず転びそうになる。 「わわっ、何何」 「とーる、ただいまぁ〜」 「さっきも聞いたよ、この酔っ払いめ」  気分が良いのか顔を赤らめながら泉巳は珍しくヘラヘラと笑っていた。上機嫌な恋人の身体を転ばないように茅葺は支えてやる。 「あのさ〜、今日さ〜、みっちゃんに話しちゃったー龍のことー!」 「おっ!」  基本秘密主義の泉巳にしてはそれはすごい進歩で、初の快挙だった。 「そしたらね〜、めっちゃ楽になったー」 「そりゃ良かったです」  猫がするみたいに泉巳は茅葺の肩口にすりすりと額や頬を擦り付けた。茅葺も負けじとぎゅうぎゅうと抱きしめ、顔中にキスして回る。泉巳は小さい子供がはしゃぐような声を時折上げては、幸せそうに笑った。  唇にゆっくり口付けると少しだけ大人しくなって泉巳は茅葺の瞳をじっくりとゆっくりと見つめる。 「とおる」  それはひどく愛しく、甘い声だった。 「そんなウルウルした目で見つめたら襲うよ!」 「ぎゃははっ! 出たっ、肉食茅葺!」 「そうだよ、泉巳のこと食い倒すからね! 骨一つ残んないんだから!」  茅葺はあーんとオーバーに泉巳の手を齧るような仕草をして見せる。 「あははっ、バーカ」   ――ねえ、泉さん……  俺はね、ずっと信じてたんだ――  優しく愛せば泉さんはいつか俺を選ぶんじゃないかって、ずっと期待してた――  あの時の俺には何一つ理解できなかったんだ。  あんな破滅しかない男との未来、何信じてんだろうって、ガキの頃からずっと一緒でよくも飽きねーなって。  泉さんはきっと、ずっと信じてたし、確信してたんだね――。  自分はこの人とずっといるんだって――  自分の相手はこの人なんだって――  今ならわかるよ――  俺にもわかるんだ――。  あなたに恋したから、わかるようになったんだ――  あなたに恋したから、出会えたんだ――。 「――愛してるよ、泉巳――。俺の……」 ――…… ☆END☆

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