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ふたりの誓い

「たくさん悩まなくていいよ、泉巳――」  マグカップを握りしめ日曜の穏やかな陽だまりの中、ぼんやりと動かなくなっていた恋人に茅葺は優しく語り掛けた。  その声にビクリと肩を揺らして泉巳がゆっくりと声の主を見上げると、優しい手に頰を包まれた。 「…………」 「悲しそうにしないで、口にして。楽になるよ――」  浮かない顔を隠すことが出来ないでいる泉巳を茅葺がそっと抱き寄せる。泉巳はマグカップを離し、素直に茅葺を抱きしめ返した。 「やだよ、カッコ悪い……」 「俺を楽にしてくれたのは泉巳なのに、不公平だよ」  いじけて何も話そうとしない泉巳の鼻頭をかぷりと甘噛んで茅葺は小さなお仕置きする。 「やめろよ」と泉巳は逃げるように茅葺の胸に顔をうずめて隠し、茅葺からは全くその表情が見えなくなってしまう。  無理強いせずに茅葺は泉巳に考える時間を与えてやる。  小さな頭をゆるゆると愛しそうに撫でながら茅葺が待っていると、泉巳は震えるように深呼吸をしてようやく声を出した。 「……本屋で、あの人と……会った……」 「あの人って……泉さん?」 「うん……。ほんの少しだけど、名前……同じですねって笑いかけてくれた……。それだけで怖くなった――。こんな簡単に、こんな近くにあの人はいるんだって……」  心の蟠りを全て口にすると、途端に心細くなったのか泉巳の瞳のまわりは赤く滲んで、瞬きすると目頭から小さな粒がポロリと溢れた。 「――うん、でもそこにいるだけだよ――」  それは何の淀みのない、茅葺の真っ直ぐな声だった。  あまりにも呆気なく言い放たれたので、泉巳はキョトンとした顔で茅葺を見上げた。  目が合った茅葺はいつもの柔らかい眼差しをしていた。 「俺もあの人も、もうそこにいるだけなんだ――。違う人生の平行線上にいて、もう交わらない――。それに―― それにもう……俺には余裕ない――。 俺の中は、佐原泉巳でいっぱいなんだもん」  茅葺は心から幸せそうに微笑んだ。  その笑顔とは反対に、泉巳の震える頰にはポロポロと雫が落ちていく。茅葺が優しく拭っても溢れてくる涙は止まることはなかった。  そのあとに深く口付けた唇は、涙で濡れてしょっぱくて、茅葺はくすりと笑ってみせた。 「こんなのガラじゃない、恥ずかしいんだけど……」  付き合って1年の記念日にイケメンの恋人はさらりとペアリングを贈って来た。それを薬指にはめて泉巳は眉をしかめ、とても素直に喜んでいるとはお世辞にも言えない顔をしていた。 「はい、そのコメント0点〜!」 「痛いな! 蹴んなよっ!」  茅葺がそれをさらりとこなしている訳でない事くらい、泉巳は知っていた。    トイレの中で泉巳になんて言って渡そうかと考えあぐねにあぐねている声を昨夜コッソリ聞いていた。  だからと言って、可愛いらしい女の子のように「嬉しい〜ありがと〜!」なんてキャピキャピしたリアクションなど泉巳にはいくら芝居でも出来る訳がなく――  渡されることを分かっていたのに、いざ本当に手にすると思った以上にそれは何だか重みがあって、胸が詰まって、恥ずかしくなって可愛げの無いことしか言えずに終わった。  それをわざと茅葺は茶化して誤魔化してくれたのだ。  でも、これはきちんと言うべきだと、身体の底から溢れて仕方ない羞恥心を精一杯抑え込んで泉巳は真っ直ぐ茅葺を見た。  真っ直ぐ過ぎるその瞳に思わず茅葺も息を飲むように真顔で黙り込む。 「……ありがとう」  緊張して少し声は上擦ったけれど、ちゃんと音には出来た。  茅葺のあの、くしゃくしゃに笑う明るく大きな笑顔が見れると予想していたのに、残念ながら苦しいくらいに抱きしめられて茅葺が今、どんな顔をしているか泉巳は見ることは出来なかった。  だけど、付き合ってからすっかり弱くなってしまった自分の涙腺を相手にも見られず済んでちょうど良かったと、泉巳は暖かい腕の中で幸せそうに瞼を閉じた。

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