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Ⅲ章 深い鼓動の先に

満忠様はよく口ずさんでおられた。 ボードレールの詩から始まる、同じ名の詩 中原中也の詩を…… 「『時こそ今は……』この詩の中に出てくる女性の名は……」 泰子(やすこ) 「俺の母さん……」 母の名は、泰子 「満忠様は死の間際まで奥様を愛されていた」 妻と同名の女性を愛する詩を愛し、父は亡き妻へ愛を誓った。 臨終の瞬間まで。 「……ようやく分かりました」 手帳に記された言葉は、母への愛 父が俺に託した遺言は『銀の時計を鷹緒君に返してほしい』…… この言葉だけだったのだ。 「鷹緒さん、手を開いてくれませんか」 あなたの白い手に握らせた破片は、父の形見 壊れた銀時計の破片 「文字盤の裏を見てください」 「S.S」 刻まれたアルファベット 「俺のイニシャルです」 この時計は…… 「前から壊れていたんです。俺は文字盤の裏に、この文字を見つけました。 まるで意味が分からなかったけど、あなたの教えてくれた詩で気づく事ができました。 時計をあなたに託した父の真意は……」 俺をあなたに託すという事です。 「俺達の恋を、父は認めていたんです」 「まさか……それで戸籍を」 淡雪のようなあなたを抱きしめる。 消えないように、腕の中に 「幸せにします」 「でも俺は年上だ」 「構いません」 「子持ちだし」 「家族が増えて嬉しいです」 「だがっ」 唇を塞いだ。 深く、深く…… あなたの涙さえ俺を繋ぐ鎖 二度と離しません。 時が隔てた真夏の氷を解かして、愛を育もう。 これから、一緒に

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