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「ぜんっぜん余裕でいける気がしてきた」 「へっ? どーいう意味!?」 「もし台詞忘れちゃってもかわいさで乗り切れ」 「そんな乗り切り方俺わかんないよ!?」 本番まで残り十分。 イヴちゃんが着ていたミニドレスを着て、ウィッグつけて、魔女役の企画委員にメークしてもらって、薄暗いステージ袖にクラスのみんなとスタンバイ中。 心臓止まりそーなんですけど。 村人Kは台詞いっこだけだったのに、お姫様役の台詞多すぎる、詰め込み過ぎて頭ん中ぎゅうぎゅう満杯だ。 「あっ、ちゃんとハードル下げてくれた? みんなイヴちゃん出るって思ってない?」 「それはちゃんと告知したから大丈夫だって」 「学校一の女装男子が演じますって」 「俺、一回しか女装したことないけど……? なんで女装こなれた感なんか出すの……?」 ていうか、さっむ。 心臓バクバクうるさいし、肩も腕も足も寒いし、このままリアルタイムで凍死すんじゃない? 「緒方センセー、まだ来てないの!?」 あ~、今その名前はやめて~、心臓バクバクに待ったなしの加速がかかる~。 「緒方センセェはギリギリで来るって言ってたじゃん」 「もう始まるのに、ギリギリ過ぎる、胃が痛い」 「着替えてるんじゃない? 登場は後半からだし、ちゃんと来てくれるって」 「あ。そーいえば。緒方センセェに言ってないや、イヴちゃん休んでコーイチが代わりに主役やるって」 「えぇぇぇぇえ……」 キレられて舞台放棄されたらどうしよ。 だって、センセイ、かわいいイヴちゃんが相手だからオッケーしたはずなのにさ。 イヴちゃんだと思ったら、いきなり子豚の俺に変わってて、爆笑されたらどうしよ。 まぁ、それはそれで見てみたいかも。 緒方センセイの爆笑顔とか貴重だし。 キレ顔もそれはそれでかっこよさそ……テヘヘ。 よし。 もうこうなったら開き直ろう。 緒方センセイの相手になれるなんて最初で最後だろうから一生に一度の大切な思い出にしよう。 なーんて意気込んでみたけれど。 いざステージに立つと、想像以上に客が多くてド緊張してアガッたのなんの。 「コーイチがんばれっ」 「次っ、お前の台詞だからなっ」 非情だと思っていた企画委員や友達にステージ袖から小声で応援されて、すっ飛ばしそうになる台詞をギリ噛まずに言うことができた。 最初の登場シーンではやたらざわつかれた。 ド緊張していた俺でもわかるくらいのリアクションで、思わずステージ袖に引っ込もうとしたら、暗幕の向こうからクラスのみんなに励まされて何とか踏みとどまった。 うぇぇ、怖ぃぃ、イヴちゃんじゃなくてほんとごめんなさぃぃ。 下地のクリームとか、ファンデーションとか、チークとか、アイシャドウにアイブロウ、マスカラ、いろんなものを塗り込まれた顔が重たい。 ずっと甘い匂いがしていて酔いそーだ。 ほぼ白に近いホワイトアッシュの、セミロングっていう丈のウィッグもほっぺたに張りついて、慣れない感触に首筋がぞわぞわする。 すげー短いドレス。 自分で急いで塗ったペディキュア。 もしかしたらこれって幸運とか運がよかったとかじゃなくて。 逆に天罰だったのかもしれない。 男なのに緒方センセイのこと好きになって、男なのにイヴちゃんのこと妬んだ俺のこと、神様が怒ってるのかもしれない。 偽物のお姫様になっていたら、なんか悲しくなってきて、緊張もあって、泣きそうになった。 もちろん我慢したけど。 台詞も変に上擦ったりして、涙声になったりして、お城のスタッフ役のみんなポカーンとしてた、他の誰かが台詞忘れてることもあった。 見世物の偽物お姫様のひどさにみんな呆れてポカーンってなっちゃうんだ、きっと。 ここにいるみんな、ほんと、ごめんなさい。 でもお願いだからネットで叩いたりしないで、マジで。 てういか、は、は、早く終われ~~~……!!!! そして舞台は暗転。 暗闇の中で悲鳴を上げて、糸車の針が刺さった風にして、百年の眠りについたお姫様。 花柄のキルティングカバーをかけた、折り畳みの長机を二台繋げたカチコチなベッドに仰向けになる、結構高さあるんだよなコレ、落ちたら痛そ……。 ステージの天井から吊り下げたのは、女子が時間をかけてつくってくれた天蓋ってやつ。 ビジューがいっぱい縫いつけられた白いレースにカチコチベッドが包み込まれる。 俺は胸の上で両手を重ねて目を閉じた。 こうしてると心臓がドックンドックンしているのが嫌でもわかる。 次の瞬間、瞼の向こう側が明るくなった。 これから後半の始まりだ。 あれ、ってことは。 「あのイバラの城には誰か住んでるのか」 緒方センセイ、来ちゃった……。

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