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イバラの城には美しいお姫様が眠っている。 村人の一人から教えてもらった王子様は興味を引かれてイバラの城へ向かう。 これまでやってくる者達を寄せつけなかったはずの凶暴イバラは、王子様の訪問を迎え入れて、城の中へ導く。 強くて賢い王子様は物怖じすることなく城の奥へ。 階段を上り、塔の最上階へ、眠るお姫様の元へ辿り着く……。 「彼女がイバラの城の眠り姫か」 ッ……ぶーーーーーーーっっっ。 さっきから俺よりも誰よりも台詞棒読み過ぎて死ぬんですけど。 それにさ。 薄目開けて見てみたら、緒方センセイ、いつもの黒ジャーで来てやがんの。 企画委員に怒られなかったかな? 時々、バスケ部の人達が「緒方せんせーーー!!」って掛け声送ってるのが聞こえてきた。 しばらく俺の台詞ないから、冷静に耳澄ませてみたら「かっこよくない!?」「俳優みたい」って声も聞こえてきた。 うん、そーそー、いつもの黒ジャーで十分。 おっかなくてかっこいい俺の王子様。 棒読みの連続で笑いそうになるのを堪えて、同時に、胸がぎゅうぎゅう痛くなってきて。 涙がぼろっと溢れた。 どうしよ。 今、眠り姫状態だから手で拭うことができない。 やばい、マスカラ落ちるんじゃ。 ほんとどうしよう。 今ならこっそり拭いてもバレずに済むかも……。 「やっと会えた」 あっ。 天蓋捲って、緒方センセイ、内側に入ってきた。 あーーーーーーーー。 今すぐウチ帰ってマンガ読んで何もなかったことにしてガチで寝たいーーーーー。 「…………」 えぇぇえ、なにこの沈黙、こーんな長い間、台本にあったっけ? 怖いよぉ。 口から心臓出そう。 「……きっと運命だった、あなたと出会うこと」 ひぃぃぃ、激甘な台詞言われてもやばい、心臓引っ繰り返りそう。 「だからイバラの囲いも俺を通してくれたのか」 濡れていたこめかみ、緒方センセイの指に拭われて思わず目を開けそうになった、だめだ、まだ開けちゃだめ、あともうちょっと……。 またぼろっと勝手に溢れた涙。 そしたら、また、ぐっと拭われた。 スポットライトが熱い。 目蓋の裏がチカチカしてくる。 センセイ、緒方センセイ、ごめんね。 イヴちゃんじゃなくて、俺なんかで、ごめんなさい。 好きになってごめんなさ……。 「きゃーーーーーーー!!!!」 昨日と同じシーンでやっぱりまた興奮の歓声がどっと上がった。 王子様とお姫様のキスシーン。 客席のパイプイスに座った人達からは、頭を屈めた緒方センセイの背中で死角になって、ほんとうにキスしているみたいに見える。 俺はぱちくり目を開けた。 俺の顔に両手を添えた緒方センセイとバッチリ目が合った。 「ッ……!!??」 台本になかったお姫様抱っこ、された。 カチコチベッドから抱き上げられて、天蓋の外に出れば、お姫様と同時に目覚めたお城のスタッフの拍手と客席の拍手に出迎えられた。 「俺と一緒になってほしい、お姫様」 これは台本通りの台詞だ。 また涙出そうで、化粧の粉か何か目に入ったみたいで痛くて、うるうるになって、ぎこちなく緒方センセイに抱きついていた俺は頷いた。 「あなたが来るのをずっと待っていました、王子様」 「コーイチお前天才か!」 「すごいよ、感動しちゃって台詞飛んじゃったよ、私!」 「めっちゃ泣けたんだけど!」 気がつけばステージ袖でポカーンと棒立ちになっていた俺。 「え……? あれっ? いつの間に終わってる……?」 クラスのみんなに囲まれていて、みんな笑顔で。 まだ向こうから聞こえてくる拍手。 現実感がなくて夢の中にいるみたいだ。 「俺……大丈夫だった? ヘマしてない?」 「してないしてない!! むしろ大成功!!」 「ほらほら、カーテンコール行かなきゃっ」 「な、なに、カーテンコールってなに……? カーテンって叫べばいーの……?」 「てか緒方センセェいきなりお姫様抱っことかするしさぁ!? キスシーンもリアルでヤバスギ!!」 「ジャージで来たときはどーしよーかと思ったけどアレなら許す!!」 「緒方センセーもいっしょにカーテンコール……って、もういないし!! 足早過ぎか!!」 「とりあえずコーイチ行ってこい!!」 緒方センセイ、もう行っちゃったの。 ステージでセンセイに抱っこされたとか、夢としか思えない、ほんとは俺って凍死してんじゃないの、これって幻じゃねーの……って、それは別の物語か。 『泣くな、佐藤、大丈夫だから』 俺にしか聞こえない声でそう言ってくれた。 客席からもステージ袖からも見えないよう、背中と両手で死角をつくって、緒方センセイは。 俺にキスした。 フリなんかじゃない、ほんとにキスした。 どうしちゃったの、神様。 こんな幸運、キャパオーバーなんですけど。

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