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「そろそろ帰るか」
結局、ムード満点な夕方の砂浜散歩はほぼ犬との触れ合いタイムで終わった。
納得できなくて、帰りの車の中、助手席で膨れっ面でいたら「ブス面してどうした」なんて言われた。
ひどくないですか?
ブス面化したのは犬ばっか相手してたセンセイのせいでしょーが!!
「まさか犬に嫉妬してるのか」
「して悪かったな!! ブシェミちゃん、センセイの顔舐めすぎ!!」
「大荷物だが、今日は泊まっていくのか」
「お泊まりする!!」
センセイのウチには何回も泊まったことがある。
去年の夏休みとか冬休みとか、連泊したこともあった。
「シャワー浴びる!!」
マンションの角部屋、1LDKのウチにお邪魔するなり、俺はお風呂へ直行した。
「……今日こそは……」
パジャマのシャツワンピ、メイク落とし、オマケでもらったスキンケアの試供品とか。
鏡の前、お泊まりグッズを詰め込んだバッグをぎゅっと抱きしめた。
十七歳の誕生日。
ほぼほぼ一周年デート。
だから……初めてアレを用意してきた。
「今日こそセンセイと」
「えらく長かったな」
センセイは俺と入れ代わりにお風呂へ向かった。
現在時刻は八時を過ぎたばかり。
水玉シャツワンピのお気に入りパジャマを着た俺はソファの上で体育座りする。
テレビのチャンネルを当てもなく、ぽちぽち、ぽちぽち。
「今日こそは」
お風呂から聞こえてきたシャワーの音にドキドキする。
聞き慣れてるはずなのに、変に胸を直撃して、心臓を揺さぶられる。
……あんな男の中の男みたいなセンセイが握手止まりとか、笑えます……。
デートして、お泊まりもして、それでも続く清い関係。
いい加減、次のコマに進みたい。
もっとセンセイをダイレクトに感じてみたい。
だから、今日はシャワー後もちょっとだけメイクした、暑くてめんどくさいけどドライヤーですぐに乾かして髪もシュシュできれいめに結んだ。
自分にしてはお高めのリップクリームを買って、念入りにぬりぬりしてきた。
「またぬりぬりしとこ」
シャツワンピのポケットに入れていたリップクリームを唇にぬりぬりし、ぜんっぜん頭に入ってこないテレビのチャンネルをまたぽちぽち、ぽちぽち。
あ、怖いやつだ。
夏ってかんじだなー。
実在する恐怖の村、か、ふーん。
<このI村には恐ろしい伝説がありまして……そう、獣人伝説なんですねー……>
これ、確かネットで見たことあるな。
犬棲村 の化け猫もとい化け犬の話。
山に棲む化け犬と村の女の人がくっついて、生まれてきたこどもは半分人間、半分犬だった、みたいな。
<今も夜な夜な山から聞こえてくる遠吠え……仲間を探す獣人の声なんでしょうか……やだなー怖いなー……>
「いやいや、ただのノラ犬でしょ、獣人とか古くさいし、B級映画みたいで怖くないし、八尺様とかコトリバコとかきさらぎ駅とか廃村とか、そっちの方がめちゃくちゃヨユーで怖いし、ありえそーだし、獣人とかないわー、ありえなさすぎ、ないないないない」
「変えるぞ」
いきなり目の前ににゅっと伸びてきた腕。
「獣人ッッ!!」
俺は思わず変な叫び声を上げてしまった。
「ッ……び、びびらすなッ……一言なんか言え~!」
リビングに入ってきた気配がまるでなかった、お風呂上がりのセンセイ。
「言っただろうが、変えるぞって」
毎度のことながらお風呂上がりのセンセイは超絶かっこいい。
濡れた前髪が目元にかかって、いつもより若く見えて、熱もつ首筋とか腕とか、オトナの男っぽさがダダ漏れというか……!
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