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「犬棲村の話か」
「あ、センセイも知ってるんだ、そーそー、獣人伝説、古くさくて笑えるっていうか、ありえなさすぎて恐怖度下がるっていうか」
「俺の故郷だ」
「またまた~!」
「コーイチ、お前どうしたんだ、その唇」
「え……? あ……わかる……?」
「フライドチキンかポテトチップスでも食ったのか」
「食ってない!!」
いつもより高いリップクリーム使ってるのに、チキンかポテチ食ったとか、デリカシーゼロですか、この体育教師。
「食ってない!!!!」
「もう十分わかった」
テレビを消した後、肩に引っ掛けていたタオルを投げつけられて、イライラしつつも、すっきりミントの匂いをさり気なーく吸い込んだ。
「そろそろ寝るか」
……出た。
……まだ九時前で寝るか宣言。
……それでガチで寝るんですよ、この体育教師。
「今日もソファでいいな」
しかも俺をソファに置き去りにして、自分はベッドで爆睡するんですよね!!
「夜更かししたいのならテレビの音量には気をつけろ、後は好きにしていい」
今までの俺ならすんなり聞いてました。
でも十七歳になった俺は違います。
今日から変わるんです。
「やだ」
すでに歯磨きも終えて寝る準備万端だったセンセイは俺を見下ろした。
「わかった、10まで上げてもいい」
「音量の話じゃない!!」
俺はソファから立ち上がる。
半袖シャツにロング丈のルームパンツを履いたセンセイと向かい合った。
「夜もずっとセンセイといっしょにいたい」
「駄目だ」
この体育教師、即答しやがったーーーー!!
「なんで!?」
片付けられたリビングの隅っこ。
俺は両手をグーにしてセンセイに問う。
「なんでなんでなんで!!」
「駄々っ子か、お前は」
「なんでーーー!!」
「……」
駄々っ子上等だ。
息まで切らして、シャツワンピをぎゅっと握り締めて、センセイを睨みつけた。
「俺、もう十七歳になったもん」
「まだ十七だ」
「トモダチとかクラスの奴とか、カノジョがいるみんな、手繋ぎデート以上のこと、してるよ?」
「コーイチ。俺とお前、周りとは大きく違う。比べるんじゃねぇ」
「ッ……男同士で、体育教師と生徒で、センセイは三十路寸前のおっさんで、いろいろあるけど、でも……」
「お前が学校を卒業するまで、おっさんの俺はお前に手を出さない。そう決めてる」
ガーーーーーーーン
「それだけコーイチのことを大事に思ってる」
手を出さない宣言に大ショックを受けて。
センセイの思いやりは俺の心を素通りしていって。
やりきれない虚しさに涙が出てきて。
「そんなきれいごと、俺、いらない」
暑い。
冷房効いてるのに、体中、熱い。
怒ってるのかな、俺、イライラがピークに達したのかな。
「……俺に魅力ないから、センセイ、ヨユーなんだ……」
そーだよ。
魅力いっぱいの相手だったら、同じウチで一晩二人っきりで過ごして何もなかったなんてこと、きっとない。
「ほんとは本物の女子がいーんだ」
「コーイチ」
「俺とは同情で付き合ってんだ」
「おい」
「去年、終業式の後、体育館裏でぎゃあぎゃあ泣きながら告られて、うるさいし可哀想だから、付き合ってやったんだ」
「被害妄想も大概にしろ」
「っ……くそばか……お……俺だって……セクシー系の年上女子が好きだったのにぃ……なんで男の中の男みたいな体育教師、好きになったんだろ……俺の青春返せ……ばかばかばかばか……」
「お前な。それが教師に向かって言う言葉か」
俺はリップクリームで重たいくらいの唇を噛んだ。
「今は俺の教師じゃなくて……今は俺の彼氏なんじゃないの……?」
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